黒猫とスーツとスーツ

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「...どうぞ」 中から門が開いた。 バランスを崩した絹川さんを支えた男性は、綺麗に整えられたスーツ姿。 執事のように見えるが、雰囲気や体型から言ってSPやボディーガードに近そうだ。 「裏庭です」 再び駆け出す絹川さんを追いかけようとしたとき、腕を捕まれた。 「あのっ」 見知らぬスーツ姿の女は警備対象なのか。しかもボロボロだし。 とにかく社員証を見せようと、首から提げていたのを外す。 「こちらを」 先に声をかけたのは、向こうだった。 ガードさん(仮名)が差し出したのは、簡易スリッパ。 「...え?」 「この先は防犯用に砂利がしかれておりますので」 「...どうも」 ぽかんとして立ち尽くしていると、すでにガードさんの姿はなかった。 「奥様、おやめください」 「奥様、落ち着いて」 女性の悲鳴と、訴えが響く。昼間だからか、使用人も女性が多いようだ。 とにかく声のする方に向かって走る。絹川さんは「裏庭」と言ったが、この広さでどこからが「裏」なのかわからない。 大きな音を立てながら進むしかない。 簡易スリッパの厚紙も、へたれてきた。 でも、家の幅が長かっただけで、場所はわかりやすかった。 「黒猫ぉ、黒猫ぉ!」 黒猫? 「時雨!!」 これは絹川さんの声だ。 ...時雨!? 松の木から体を離せば、広い広い庭が見えた。 砂利のはねる音、肉体を打ちたたく音。 「どうしてこんなとこにいるの!!早く出て行ってちょうだい!!不吉!」 声の主は、白髪の目立つ、やせたおばあさんだった。 服装も上品で、「奥様」だ。 ヒステリックぎみに耳をつんざくような甲高い声を上げて、縁側から杖を振り下ろす。 杖の先をたどってみれば、泥まみれの黒い塊。 だが、明らかに黒猫のサイズではない。何かを抱え込んでいる。 人だ。 誰が何を抱え込んでいるのか、疑問の余地はない。 「絹川さん、時雨、」 近づいてしゃがむ。 声をかけるが、返事はない。 騒がしい中で聞き取れないのか、単に距離感を示しているだけなのか。 「あんた誰よっ!!」 声に反応して見上げると、真上に杖を振りかざした人が立っているのがわかった。 杖だ。 立ち上がって逃げようとしたが、腰が抜けたのか身動きがとれない。 「でていけっ!!」 思わずぎゅっと目を閉じた。
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