黒猫とスーツとスーツ

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がら空きだった本棚に、学生時代に愛用していた目覚まし時計がようやく馴染み始めた。 空きコンセントを探し回ってコーヒーメーカーを持ち込んだのも、正解だった。 薄暗いこの部屋に一気に生活感が出てきた。 お昼を食べに部屋を訪れた経理部の矢吹が、「籠城できそうだな」とつぶやいたのも頷ける。 ただ、夏には扇風機、冬にはヒーターを持ち込まないと暑さ・寒さを乗り越えられそうにない。 すぐにコーヒーメーカーが使えなくなるのではというのが、最近の懸念材料でもある。 実はこれ、俗に言う「大企業」のいち部署のお話である。 でも今はそれどころではない。 「葵ちゃん、なんとなく見えてきた?」 「まったく」 「そりゃそうだよねー」 そう思うのなら訊かないで欲しいところだが、上司である以上、精一杯気を遣ってくれているのがわかるので、そんなことは言えない。 そんな上司はというと、手渡した紙コップをそのままマウスの隣に置いた。 話しかけてきたのは向こうの方だが、どうやら今は集中モードのようだ。 入力の音を響かせるPCの画面には、必死の形相で走る人物の写真が取り込まれていた。 そういえば、週末は陸上部の記録会に行ってきたと言っていた。 なんでも、大学時代に駅伝で名をはせた人気者ルーキーが入社したとかで、取材数も多いらしい。 「この選手、社内のポスターにもしょっちゅう載ってるから、会ったことなくても見飽きた感じあるよね」 「そんなこといわないでよ」 なんでも、彼の写真を載せないと読み手が減って紙の無駄になるらしい。 社会人になって2ヶ月が経とうとしているが、身にしみて感じたことがある。 この世の中は忖度無しではやっていけないらしい。 それは社内で「派遣社員以下の仕事と正社員級の厚遇」と揶揄される、我が「社内広報部」も例外ではないようだ。 ちなみに、れっきとした正社員がそろう、若社長肝いりの新設部署である。 私と上司と、たった2人の部署ではあるのだが...。 「私的にはこっちの人のほうがよく撮れてると思うんだけど...」 まあ、お披露目早々PB(パーソナルベスト)を更新したスーパールーキーには敵わないか。 「でもこの人、すぐ連絡先渡してくるから鬱陶しいんだよね」 「マジか」 この新設部署、見た目は女子高生(というと怒られるが)の部長と、へっぽこルーキーな私で構成されている。 2人とも、ピカピカの社会人1年生だ。
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