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早朝。
大きな窓から日の光が差し込んでくる廊下。
その突き当たりに、彼女の目的地はあった。
キュ、キュ、と小さく音を立てる自らの足下には未だ慣れないが、そのうちに似合う日が来るのだろうか。
本音としては、似合ってくる前に
「ホシ、おはよう!」
「ウルサイ、矢吹」
口元が緩みっぱなしの幼馴染みとの距離も、未だに慣れない。
「ね、やっぱ俺の背が伸びたってことにしようよ」
「...アホらし」
10cmの身長差がもろに出てしまう原因は、この足下にある。
「今まで何cmの履いてたの?」
「黙れ」
3cmだ。175cmの長身で5cmのヒールを履いてしまうには、まだ抵抗があった。
「じゃ、俺こっちだから。またお昼ね」
どんなことがあっても幼馴染みをやめようとしないあの男は、きっと少女漫画でもいい具合に使われるキャラの立ち位置なのだろう。
「宮地さんにも伝えておくから」
大声でなくとも、しっかり届く声質。ここ最近は、特に自慢だったりする。
「ちょっと!!」
....だからこれくらいの意地悪、許してくれてもいいだろう。
矢吹にはああ言ったものの、今日は部長は留守だ。なんでも、バレー部のインタビューを取りに行くと言っていた。
思い出したのは、扉の前。カバンから、昨日預かった鍵を取り出そうとしたとき。
故意ではない。許せ、矢吹。
古ぼけた南京錠も、最新設備の社内とはまるで別世界。
こうしていると、通っていた中学の校舎を思い出す。あそこには、ここまで手の込んだ磨りガラスはなかったけれど。
「ん?」
すでに開いているのか、回した感触も、音もない。
ドアノブを回して、確信に変わる。
誰かが開けた。
そして
「おはよう、星野さん」
広い肩幅と、引き締まったウエスト。アスリートを思わせる体型と、銀縁のメガネが似合う涼しげな顔立ちは、何度見てもアンバランスだ。
なのに、この狭い空間においても、威厳はしっかりと保たれている。
「どこからお礼を言えば良いのかわからないけど」
「いえ」
私は何もしていない。
「お話があるのでしたら、社長の方からどうぞ」
そのために矢吹にあんなメモを預けたのだろう。
ふ、と口元が緩んだ。
会議で見せた温厚な様子とも、パンフレットに載っていた硬い表情とも、また違う。
これがこの人の素だと思って、いいのだろうか。
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