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祖父と祖母は、恋愛結婚だった。
会社を継ぐことが決まっていた祖父と、家で使用人として雇われたばかりの祖母。
もちろん祖父には決められた相手がいたから、2人の交際が明らかになったときには、上を下への大騒ぎだったと聞かされた。
「祖母を家から追い出すとか、やめさせようと画策されたこともあったようだな」
「そうですか」
目の前に座る女性は、表情ひとつ帰ることなくあっさりとしている。
この話を聞かせた人間の大抵が、「ひどい...」と言ってつぶやいて見せたり、眉をひそめてみせる。
彼女の場合は、「上司に話を聞かされている」のを隠そうとしない。
「耐えかねた祖母は出て行こうとしたようだが、それを祖父は許さなかった」
コーヒーメーカーの作動する音が響く。
会話にはなりそうにないから、1人で喋ってしまおうか。
親族の反対を押し切って、2人は結婚した。
2人を認めようとしない人間を黙らそうとしてか、祖父は仕事により精を出すようになった。
しかし家庭を顧みることはほとんどなく、夫や父親としては、お世辞にも「いい」の表現をつけられるものではなかった。
一方祖母の方はというと、親族や元同僚の視線が気になって仕方がなかった。なにかひとつ間違える度に、「不合格」の烙印を押される、息の詰まるような日々だったと聞いている。
だから一人娘が大きくなると、祖母の孤独感はより顕著になった。
細々と家事をしてみるものの気づかれては止められ、かといってすることもない、落ち着かない生活を送っていた。
「そんなある日、祖母は一匹の黒猫を拾った」
雨の中、びしょ濡れになってこごえているみすぼらしい子猫。
その姿を自分に重ねてしまい、見捨てることはできなかった。
連れ帰って、体を拭き、ミルクを与えた。
娘はそのちいさな姿を一目で気に入り、めったに開かない辞書を引っ張り出してきては名前をつけてやったという。
時には友人との約束を忘れてしまうくらいに、溺愛していた。
「しかし、祖父は反対した」
「黒猫は不吉だから、ですか」
どうやら話は聞いていたようだ。
絹川がどこまで彼女に話したのかはわからないが、「現場」を見てしまったのだから知られていても仕方がない。
「...ああ」
普段は祖父に従順な祖母だが、その時は猫を捨てに行こうとはしなかった。
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