黒猫とスーツとスーツ

4/18
前へ
/27ページ
次へ
説明が長くなったが、こんな紙切れであっても、涙ぐましい努力の結晶、一筋の光明であることに変わりはない。 「そりゃ私だって気にはなるよ?何なの、『社内広報紙』って。広報する気まるでないでしょ!?」 クセのない、鉛筆字を眺める。 小学校の先生が書いたような整った字は、余計に腹立たしさを増幅させる。 「そもそも先代が発行するときに、名前をつけようとは思わなかったわけ!?」 さあ? と首をかしげる。 部長さんだって、私より1ヶ月ほど経験があるだけなのだ。責め立てるところではない。 「私もそう思って何度か社長に提案してみたんだけど、どれも気に入ってくれなかったみたいで」 「社長が自分でつけることはしなかったの?」 頷く。 「わけわかんない」 「でしょ?」 一番張り切っていた社長が、ここにきて尻込みともとれる反応をするのはおかしい。 くそう、自分のコーナー使って偉そうにボーナス増額の発表なんかしやがって。 初めてのボーナスか。何を買おう。 いや、そうではなく。 「で、社長が大切?に拘ってきたのを、私が勝手に決めちゃっていいの?」 念のため確認のメールを社長室に入れてみたのが、先日のこと。 未だに返信はない。 社長なんだから、そこまでの暇もないのだろう。 「あーそれは」 チリン 聞き覚えのある鈴の音がしたと思えば、開けっ放しにしていた窓から風が吹き込んできた。 カーテンがふわりと広がるのを、黙って見ていた。資料が舞うのも、気にしなかった。 そういえば、雨が続く中でこんなに爽やかに晴れたのは、しばらくぶりだ。 「あーネコちゃん」 資料を拾うのもそこそこに、立ち上がった宮地さんを無視して、黒の塊はひょいと外に出てしまった。 久しぶりの晴れの日の散歩を満喫しているように見えた。 「宮地さん、時雨(しぐれ)と知り合いなの?」 「しぐれ?」 「さっきのネコ」 窓から身を乗り出して、やけに広い庭を見渡す。 すでにそれらしき姿は見えなくなっていた。すばしっこいヤツめ。 「あのネコ、時雨ちゃんっていうの?」 早々に諦めて、資料を拾い集めることにした。 「...『くん』か、『ちゃん』かまではわからないけど」 社長の愛猫だと伝えると、目を丸くして固まってしまった。 「あの人、あんな図体であんなかわいらしいネコちゃん飼ってるんですか!?」 異論はないが、正直すぎる意見に吹き出したくなる。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加