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社長室での出来事を思い出す。
私の足下に寄ってきた時雨を、呆然とした様子で見ていた秘書さんたち。
「懐かれてはないみたいだったけどね」
「あの子は特に人見知りな感じがする。私なんか、キーボードの上で寝てたのを起こしちゃったときに手の甲を引っ掻かれてさ...」
ほら と見せてくるが、すでに傷は癒えていた。
顔をしかめているので、よほど痛かったのだろう。
おとなしそうに見えて、暴力に訴えてくるタイプのようだ。
その時もこの窓から室内に入り込んだのだろうが、だいぶ歩き回っているようなので、社内での認知度も高そうだ。
「タイトル、時雨にしちゃおうかな」
愛猫の名前だ。これなら社長も反対しないだろう。1人で納得する。
すると、またカーテンが揺れた。
しかし、今度は風ではなく。
「すみませんっ」
人。
スーツをビシッと着こなした、マッシュルームヘア(と言えば怒られるのか)の男性。
左の頬には、痛々しい傷がある。おそらく作りたてだろう。
「あのっ、黒猫見ませんでしたか!?」
必死に追っているようで、息が上がっている。
一生懸命なところ不謹慎だろうが、この人は犬顔だな とぼんやり考えていた。
「ああ、ネコちゃんなら-、こっち来てすぐ庭に戻っちゃいましたよ」
天を仰ぐ心の中は、「まじか...」といったところか。
「ありがとうございます!」
切り替えは早いらしい。
カーテンを揺らして、慌ただしく去って行った。
...と思ったのだが。
「あなたも一緒に来てくれませんか?」
急にきた一人称に、思わず宮地さんと顔を見合わせる。
誰のこと?
「ああ、えっと、ホシノさん」
「私?」
人差し指で、自分をさす。とっさの行動とはいえ、我ながらあざとい。
なんてそんなことを考える暇もなく、「早く!」とせかされるままに部屋を出た。
かろうじて手にしたのは、しばらく開けていない煮干しの袋。
人が急いだときに手にするのは、大した物ではない。
猫を追う点で的を射たチョイスではあったが、財布や携帯といった貴重品はカバンの中だ。
気づいたのは庭に出てからで、私より背の低い男性のスーツが泥にまみれていたことなんて二の次だった。
走って追いかけた結果なのだろうと勝手に結論づけておく。
「あそこです」
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