黒猫とスーツとスーツ

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堂々と庭から出ていこうとする黒猫を指さす。 ゆっくり歩き出しては、2,3歩進む度にこちらを確認してくる。 ...どうやら、ついてこいと言いたいらしい。 渋々、音を立てないようにして慎重に進む。 万が一、木の枝なんか踏んだりしたら、どんな目で見られるかわかったもんじゃない。 目的はわからないが、あんな格好になってまで追っているのだ。 「...ヒールですか」 どうやら、心配していたこととは別の意味で、私の足下に不満があるらしい。 視線を隠そうともしない。初対面の人に失礼だとは思わないのだろうか。 そんなことを言えば、この人だって「...スーツですか」、なのに。 「一応、猫との追いかけっこは業務外ですから」 「申し訳ありません」 嫌みを含んだつもりなのに、びしっと90°でお辞儀をされてしまうと、応対に困る。 そんな私をよそに、平然と頭を上げては「対象」を探す。 この人、慣れているようだ。 「...行きましょう」 いくら大企業の社長猫とはいえ、専属の人間がついているとは考えられない。 たとえついているとしても...この様子では仕事にならないだろう。 工場を併設した会社の敷地外に出ると、そこは街中でも山奥でもない、「田舎町」が広がっていた。 田畑の風景をしばらく歩くと、住宅街が見えてくるはずだ。 黒猫とスーツの男性とは約5m、その後方2~3mを私が慎重に歩いている。 ヒールの音を立てながら歩く癖が、こんな形で仇になるとは想像もしなかった。 明日は筋肉痛を覚悟しなければいけないだろう。 それ以上に、問題は視線だろう。 住宅街には子育て世代・働き盛りの若い夫婦が多いようだが、絶賛畑作業中の農家の方々からすれば、自分たちは異様でしかない。 猫と、スーツ姿の男女だ。 おまけに男の方は、探検でもしてきたかのような姿。 午前中に見る光景ではない。 いや、時間帯は関係ない。 日常生活で目にする光景では、まず、ない。 「あの」 潜入でもするのかと思えば、道の真ん中で突っ立っている。 隣に立って男の視線の先を追ってみれば、猫はどうやらひなたぼっこに興じているようだ。 しかも、地元民であろうおばあさんと一緒に。
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