2人が本棚に入れています
本棚に追加
堂々と庭から出ていこうとする黒猫を指さす。
ゆっくり歩き出しては、2,3歩進む度にこちらを確認してくる。
...どうやら、ついてこいと言いたいらしい。
渋々、音を立てないようにして慎重に進む。
万が一、木の枝なんか踏んだりしたら、どんな目で見られるかわかったもんじゃない。
目的はわからないが、あんな格好になってまで追っているのだ。
「...ヒールですか」
どうやら、心配していたこととは別の意味で、私の足下に不満があるらしい。
視線を隠そうともしない。初対面の人に失礼だとは思わないのだろうか。
そんなことを言えば、この人だって「...スーツですか」、なのに。
「一応、猫との追いかけっこは業務外ですから」
「申し訳ありません」
嫌みを含んだつもりなのに、びしっと90°でお辞儀をされてしまうと、応対に困る。
そんな私をよそに、平然と頭を上げては「対象」を探す。
この人、慣れているようだ。
「...行きましょう」
いくら大企業の社長猫とはいえ、専属の人間がついているとは考えられない。
たとえついているとしても...この様子では仕事にならないだろう。
工場を併設した会社の敷地外に出ると、そこは街中でも山奥でもない、「田舎町」が広がっていた。
田畑の風景をしばらく歩くと、住宅街が見えてくるはずだ。
黒猫とスーツの男性とは約5m、その後方2~3mを私が慎重に歩いている。
ヒールの音を立てながら歩く癖が、こんな形で仇になるとは想像もしなかった。
明日は筋肉痛を覚悟しなければいけないだろう。
それ以上に、問題は視線だろう。
住宅街には子育て世代・働き盛りの若い夫婦が多いようだが、絶賛畑作業中の農家の方々からすれば、自分たちは異様でしかない。
猫と、スーツ姿の男女だ。
おまけに男の方は、探検でもしてきたかのような姿。
午前中に見る光景ではない。
いや、時間帯は関係ない。
日常生活で目にする光景では、まず、ない。
「あの」
潜入でもするのかと思えば、道の真ん中で突っ立っている。
隣に立って男の視線の先を追ってみれば、猫はどうやらひなたぼっこに興じているようだ。
しかも、地元民であろうおばあさんと一緒に。
最初のコメントを投稿しよう!