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多田瀬くんは笑って言うが、両親が夕食の卓に揃わない今の生活が最も理想の家庭像とは言えないだろう。まあ、苦労した分、これからは今までより順風な暮らしがあることを願うばかりだ。
「こんばんは。お疲れ様です。棚の入れ替えしますね!」
声だけなら笑顔全開だが、顔も体も緊張でこわばっている。怒ったような顔でも、明るい声が出せるなんてもはや特技だ。まさに声だけ天使の砂夜音【サヤネ】ちゃんである。
「うん。お兄さんにまた教わってね」
まあ、それだけ緊張するのも無理はない。砂夜音は、まだアルバイトに入って2日目だ。それも高校生で、初めてのアルバイトだった。
「おいおい、俺はもうここのアルバイトじゃありませんからね」
レジ前の棚を物色している清隆は、砂夜音の兄だ。いろいろ眺める振りをしても、いつも買うものは決まっている。光太郎は、清隆のことを心の中で、”週5ソルマック男”と呼んでいた。
「良いお兄ちゃん演じとけって、場末ホスト」
「だから、場末じゃないって」
「じゃあ、店長。私はこれで」
タイミングよく、多田瀬くんが店を上がった。そつがない。それに比べて、清隆は間の悪い男だ。清隆がこのコンビニに通うようになって二年。彼が来て数分後には、客足が増え始めるという呪いがかかっていた。さすが、場末の№1ホストだ。細い体がメタリックシルバーのスーツに着られている。
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