避暑 <試し読み>

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「そう言えば、第三番中隊の隊章図案って決まりましたか?」  広報の職員に尋ねられ、ハルト・シュタイナーは思わず渋面になった。場所は欧州南部第四地区。砂埃にまみれたテントが林立している、野営地でのことだ。  尋ねてきた男は、ハルトと同じカーキ色の野戦服に身を包んではいるが、肩からは銃火器の代わりに、無骨な形をしたカメラを提げている。最前線の兵士たちの奮闘ぶりを、後方勤務の人々や一般市民に伝えるのがその役割である。らしい。 「……は? 図案? 一体何の話だ?」  ただでさえ上背のあるハルトが仏頂面になると、それだけで怯む人間は多い。が、相手は広報課、かつては一方的にハルトの写真を激写し、あまつさえその写真を無断で士官募集用ポスターに採用したほどの強者だ。ハルトの眉間に寄った皺にも臆することなく、けろりとした顔で答えを寄越す。 「部隊の再編に合わせて、新しい隊章を作るところが多くて。シュタイナー隊も作成すると聞きましたけど……あれ、シュタイナー大尉はご存知なかったのですか?」 「誰がそんなことを…」 「トールキン少尉の発案だそうですよ」  男の口から上った名前に、ハルトは得心する。  リチャード・トールキン少尉。快活、豪胆で知られ、誰彼構わず話しかけては隊の士気を奮い立たせるのが上手い男だ。なるほど確かに彼ならば、そういった提案を思いつきそうである。 「発注をかけるなら、今月末が集約の締め切りですから。僕の方でまとめて総司令部にお願いするんで、形や大きさを描いた図案を提出してくださいね」  男は一方的に言い置くと、ハルトの返事を待つことなく去っていった。小さくなる彼の背中を見送りながら、ハルトは小さく舌打ちする。  新しい隊章。そんな面倒なもの、誰が作るものか。第一、大の男が揃いの絵柄を身に付けるなど、そんな浮ついたことできるはずもない。  なにより、ハルト自身はトールキンから何も聞いてはいない。ここ数日は作戦任務中だったこともあり、トールキンも、隊の若者たちを奮い立たせるための冗談でも吹いていたのだろう。  そう、思っていたのだが。
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