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自分の部屋を出て、一階におりると、自宅カフェ「つむじ風」の電気は消えていた。
深夜二時すぎ。夜更かしが日課のかあさんでも、さすがに今は、二階の寝室で寝ているんだろう。
暗がりを手さぐりして、カウンターの中にある蛍光灯のスイッチを押す。
店内にならぶウッド調のテーブルが、うかびあがった。壁のいたるところにぶらさがるのは、ドライハーブの束。
薪ストーブの火は落ちていて、冷たい夜の空気が足元からあがってきている。
このカフェは、オレんちのリビングとキッチンもかねている。
去年の夏、かあさんが家の一階の壁をとっぱらって、ワンフロアにリフォームした。そうして、自宅カフェ「つむじ風」をオープンさせた。
とうさんが亡くなってから、パートをかけ持ちしたり、会社員をしたり、働きづめだったかあさんの顔に、カフェをはじめてから笑顔がもどった。
カウンターの中に入って、冷蔵庫から、スポーツ飲料を取り出す。
夜闇を飲み込む窓ガラスに、ペットボトルをあおる自分の姿がうつりこんでいる。
イギリス人だったとうさんゆずりの、琥珀色の髪。琥珀色の目。小六だけど身長はすでに、百七十を越えた。
「年々、お父さんに似てくるわね」
かあさんは、目を細めて言う。
――そのタマゴを、父親は、どうして妖精から取りあげたんだと思う?
四歳のこいつが、自分の口で、父親に言ったんだ。
『妖精のタマゴがほしい』と――
少し前にきいた老婆の声がよみがえってきて、ぞくっと背すじが凍えた。
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