3 藤野

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 今夜の定食は、鶏南蛮とキャベツの千切り、小鉢はひじきの煮物と、大根と厚揚げのそぼろあんかけ。それにご飯と味噌汁、香の物が付いている。  お店の味と言うより、おふくろの味だ。うまいうまいとがつがつ食べながら、隣の佐久嶋さんをちらりと見やると、小鉢の大根にかぶりついていた。黙々と食べている表情は、いつもよりもずっと穏やかで、その顔にほっとする。 「ごちそうさまでした」とふたたび手を合わせて、すっかり満たされた腹をさすっている横で、佐久嶋さんはゆっくりと食べ続けていた。五分ほど遅れて、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。 「お味はいかがでしたか?」とおかみさんがトレーを下げながら、佐久嶋さんに話しかけた。 「おいしかったです。久しぶりにちゃんとした飯、いただきました」 「あらあら。またいつでも来てちょうだいね。うちの日替わりは飽きないわよ~」  おかみさんの弾んだ声に、佐久嶋さんも笑顔で頷いた。    財布を尻のポケットから出している間に、佐久嶋さんがさっさと会計を済ませてしまう。お礼を言って、店を出た。
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