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そうそう、匂いだ。大型家電の配送の仕事で、今は夏だと言うこともあって、重さ百キロを超える冷蔵庫などを搬入すれば滝のような大量の汗をかくのだが、佐久嶋さんは全然汗臭くない。むしろいい匂いが漂ってくるのだ。
それは、さわやかな柑橘系のようでもあるし、あまい花の香りのようでもある。くんくんと鼻をならして、「佐久嶋さん、いい匂いしますよね」と言ったら、ブリザードのような視線を投げつけられた後、「アホか」と地の底を這うような低音でつぶやかれた。
「香水かなにかつけてるんですか?」
「んなもん付けるわけねーだろ」
「でも、いい匂いしますよ」
「お前なあ……」
本気で呆れたというように、「はあ」と佐久嶋さんが大きく息を吐く。
「変なやつ。だいたい、お前くらいだぞ。俺にぺちゃくちゃ喋りかけてくるのは」
「ああ、ほかのバイトのやつら、佐久嶋さんのことめっちゃ怖れてますもん」
「お前は?」
「睨まれたら氷点下まで冷え込むし、怒鳴られたらうるうるしちゃいますけど、大丈夫です。俺、打たれ強いんで」
「やっぱお前、アホだな」
頭を叩かれたが、佐久嶋さんは笑っていた。初めて見た自然な笑顔に、俺の胸はなぜかドキドキと高鳴っている。
「仕事、大変だけど、頑張れよな」
そう声かけられて、俺は大きく頷いた。初めて佐久嶋さんに認められた気がして、嬉しかったのだ。
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