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「佐久嶋さん、佐久嶋さん!」
「……ん、……藤野、」
「ここで寝たらダメですって! だれもトイレ使えなくて困るでしょう!」
「……も、動けない……」
飲み会が始まって一時間も経たない頃、俺は佐久嶋さんが席を立ったまま戻ってこないことに気づいた。無口な人だから黙って帰ったのかも知れないと思ったが、それでもやはり心配になって探しに行くことにした。
男性トイレに入ると、個室に鍵がかかっている。ドアをノックするが、返事がない。俺は何度もノックして、「佐久嶋さん? いるんですか?」と呼びかけた。しつこくドアをノックし続けると、突然ロックが外れた。
便器にもたれ掛かった佐久嶋さんが、とろりとした目で俺を見つめる。
「……っんだよ、藤野」
「佐久嶋さん、もしかしてお酒弱い?」
「……う、ん……」
なにかむにゃむにゃと話してはいるが、瞼が下りてきてすぐにまた寝息が聞こえてきた。
「だめだこりゃ」
仕方なく佐久嶋さんの脇に腕を差し込み、身体を持ち上げる。見た目は細いけれど、筋肉がついた身体なので決して軽くはない。それでも俺より身長が十センチ以上低いし、俺も日々バイトで鍛えてるからふらつくことはない。肩を掴ませて身体をしっかりと支えながら、黙って店を後にした。
「やべ、いい匂いしすぎだろ」
密着した佐久嶋さんの身体から、またあの香りが漂ってくる。多少酒が入っているからだろうか、動悸が早まり、一向に治まらなかった。
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