2 佐久嶋

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 俺の言葉を完全に無視して、藤野が喋り出した。 「ちゃんとみんなに言えばいいじゃないですか。根も葉もない噂で話のネタにされるより、ずっといい」 「へえ。例えば、どんな?」 「愛人とバカンスだとか、隠し子の世話だとか。夏場は歌舞伎町で荒稼ぎしてるとか」 「歌舞伎町話は初耳だな」 「噂されてるって知ってるなら、なおさら言うべきです」 「お前には関係ない」  自分でもびっくりするくらい、冷たい声だった。藤野の身体が、びくりと揺れる。 「でも、」 「もう、帰れ」  俺はベッドに転がり、藤野に背を向けて丸くなる。 「……分かりました」 「いろいろ、世話かけたな」 「みんなには黙っておきますから、今度の定休日、俺とデートしてください」 「……はあ?」 「今夜の世話代です。佐久嶋さん、見た目細いくせに結構重かったんすよ。デートくらいして貰わないと、俺報われない」 「デートとか、気持ち悪い表現はやめろ。普通に飯奢れって言えばいいだろ」 「違います。俺がしたいのは、デート。でもって俺はいま、佐久嶋さんのこと脅迫してるんです」 「……脅迫だあ?」  聞き捨てならない言葉に、俺は身体を反転した。  いつの間にか立ち上がった藤野が、ベッドサイドから俺を見下ろしている。その視線がやけにぎらついていて、身の危険を感じた俺は、とっさに身体を硬くした。 「秘密、ばらされたくないんでしょう? それなら、ちゃんと俺の言うこと聞いてください。……俺と、デートして」  俺の睨みをはね返すような、まっすぐな視線が、降ってくる。 「俺、佐久嶋さんのこと、好きです。だから本気で、佐久嶋さんとデートしたい」  そう言い放った藤野の身体が、スローモーションのように倒れ込んでくるのを、俺は身を固くしたまま、ただ見つめていた。
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