第1章

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 遺影の前で、友人代表の男は厳粛な口調で言った。 「故人は、人工知能だけでなく、遺伝子工学にも精通し、最先端の科学の発展に尽力しました」  参列者は世界の終わりのようにうつむいている。祭壇の前の僧侶だけが顔を上げ、読経の準備をしていた。  有名な科学者にしては、参列者は少なく、二十人ほどだ。葬儀場もその人数でいっぱいになってしまうだけの大きさだ。 「彼、D・都築(つづき)がいなければ日本の医学、および科学技術の発展は今よりもっと遅れていたでしょう」  続いて故人がどれほど人間的にもすぐれていたかを告げ、あいさつは終わった。  参列者は順番に焼香を始めた。会場には厚い絨毯が敷かれていてあまり足音はたたず、浪々とした読経と誰かのすすり泣きだけが響いている。  祭壇向かった何人目かの男性が、足をもつれさせたのかふいによろめいた。倒れまいと台に手をついた。その拍子に燭台が倒れ、ロウソクが絨毯の上に落ちる。  火が安い絨毯の上に広がっていき、よろめいた男のズボンの裾に、祭壇に燃え移った。 「まるで地獄だな」  目の前に広がる光景に、刑事の堀内(ほりうち)はうめいた。  焼香をしていた者は祭壇の近くで、その他の参列者は自分の席についたまま、黒焦げになっていた。 「犠牲者は二十一引く一で二十人か。それにしてもこの会場にいる者全滅とは。一人も逃げられなかったなんて」  祭壇には、金属製の骨組が座っている。 全自動お経上げアンドロイドBOZU(ボーズ)。僧侶に渡す金が節約できる分、葬式代が安くあがると少し前から話題になっている物だ。かなり人間に近く、時間になったら所定の位置に座って経をあげて帰っていくだけなので、まずロボットだと気付かれることはない。『大切な人を送るのにロボットなんて』と外聞が悪くなりこともない。  もちろん気持ちがこもっていないという人はいるが、葬式なんてバカらしいという人には好評だ。 「故人はAIの開発をしていました。だからアンドロイドに送られることも抵抗がなかったんでしょうね」  堀内の相棒の木原(きはら)が言った。 「参列者は皆都築の友人か? 火をつけそうな者がまぎれこんだ可能性は?」 「友人というより、ただの取引相手だったようです」  木原は不愉快そうに顔をしかめ、会場の焼け焦げた死体をざっと見つめた。
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