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「いってきます。」
私の声は、主のいない自宅に虚しく吸い込まれる。
北海道の4月の朝はまだ肌寒い。
紺色のマフラーに首を埋めていつもどおり
学校へ向かう。
私の住んでいる町は日本海に面した
人口1500人の小さな集落だ。
隣町にある高校までは列車で40分。
その列車も1時間に1本しかない。
鉄道会社の経営悪化で廃止寸前の
いわば"赤字路線"。
この町にあるものと言えば、書店とスーパーが
2店、コンビニ、
おじいちゃん先生がやっている診療所くらい。
でも私は、海と波の音、緑に囲まれた
この町が好きだった。
過去形になってしまったが、今でも好きだ。
余計な障害物や発光物がないため、
晴れた夜には星がよく見える。
私の母はこの町で生まれ育った。
勉強ができた母は、高校を卒業後、
東京の看護学校に合格。
そこで父と知り合った。
父は東京出身で、とても優秀な研究者だった。
専門は航空宇宙工学。
小さい頃から星が大好きで、将来の夢は
NASAの職員だったらしい。
私が星好きになったのも父の影響が強い。
東京帝国工業大学の航空宇宙工学科に
入学した後は抜群の成績を修めて大学院に進み、
最新のロケット研究などに携わっていた。 その頃、母は私を身ごもって実家に戻っていたが、父の活躍は幼い私の耳にもよく入ってきた。
種子島の宇宙センターで打ち上げられた
国産ロケットを開発したこと、新型の人工衛星の
打ち上げに成功したこと、
科学系の専門雑誌にも何度も取り上げられ、
私が 小学校を卒業する時には、
日本の宇宙開発研究の第一人者となっていた。
しかし、そのせいか、私は父と遊んだ記憶がない。唯一、お盆休みだけは数日帰省して
私に星のことを色々教えてくれたが、
ヒロインに選ばれた学芸会も、
リレーのアンカーを務めた運動会も、
父は一度として来てくれたことはなかった。
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