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ホネはつい先日、仕事中に転倒し、靭帯をやってしまった。「労災がおりるぜ」、と迎えに行った病院では親指をつきたて笑っていたけれど、それは完全にカラ元気だった。証拠に、このところやけに消沈している。
ホネは保育園勤務の保育士である。体力の限界まで子どもたちと向き合う毎日を送っていたところ、突然のケガで家での療養となってしまった。はりつめていた責任や緊張の糸がきれてしまったかのようにみえた。
「お前抜け駆けしてないだろうな、俺がいない間に」
ホネは壮志郎に向けて手をピストルの形にした。壮志郎も同じ仕草をする。二人でバン、とお互いを撃ちあう。
「『ラブチャンスゲット』」
声をそろえて言った。ちょっと唇をゆがめ、笑いあう。昔のCMのフレーズだった。二人の世代では知らない者は誰もいないが、若い連中は絶対知らない。おそらく「ラブチャンス」本人だって何を言われているかわからないネタだ。
ホネは足を引きずりながら一人掛けソファにたどりつくと、スマホをいじりだした。すぐ飽きて放り出しテレビをつける。しばらく旅番組を見てタレントのやりとりに悪態をついていたが、十分もたたずに静かになった。そばで持ち帰りの仕事をしていた壮志郎は、そっと近寄り眠ってしまったホネにブランケットをかけてやる。テレビを消した。寝顔をおそるおそる眺める。
はあっと息を吐く。
まだ治らない。
壮志郎はこのところ、ホネに対し違和感を抱えている。そんなものはすぐになくなるだろうと、気にしないよう努めていたが、いっこうになくなる気配はない。初めて起こった事態に、壮志郎は正直どうしていいかわからなかった。
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