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温かな背中
──気が付くと、そこには何もなかった。
どこまでも続く果てしない広野。
地平線の先まで見渡せるような、真空を思わせる場所。
そこには、何もなかった。
ただ、その背中だけが温かかった。
「ほら、ヤヨイ、アスカ、ご飯だよ! 早く食べないと横からヘイアンに取られる……カマクラ、ムロマチ! 足にまとわりつくなって何度も言ってるだろ! おまえたちの毛白いから制服に付くと困るんだって。 ああ、エド齧るな! ……頼むよ、もう」
──絢沢(ひろさわ)家の朝は、ひとり息子のこの悲鳴じみた声から始まる。
目の前で餌の争奪戦を始める、かわいさ余って憎さ百倍の犬猫たちを見つめながら、そのひとり息子である透都(ゆきと)はぐったりと肩を落とした。
総勢六匹の暗色明色とりどりの毛が、呆然とリビングダイニングの床に座り込む透都の視界のなかをふわふわと横切っていく。これから本格的な冬を迎えるという季節柄、彼らの体毛もそれに向かって生え変わる時期なのだろう。
そんな彼らと同じ空間で衣食住を営み、日々この体毛を吸い込んでいるであろう自分は、いつか必ず喘息になるのだと透都は信じて疑わない。そうなれば、あのひとも息子の健康のことを考えて、少しは困った癖を直してくれるようになるのだろうか──。
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