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02 - 暗がりのなか、男は明かりも持たず
暗がりのなか、男は明かりも持たず無心に走った。
そこにしか救いはないとでもいうように闇ばかりの前方を見据えたまま、ひたすら進み続ける。
すでに心臓はどんどんと叩くようなせわしなさで、息がきれそうだった。
しかし立ちどまるわけにはいかない。
背に子供を負っているからだ。
力なく閉じられたまぶたは子供の意識がないことを示していて、だらりと垂れた右腕には布きれが不恰好に巻かれて血がにじんでいる。
不意に後方で声がした。
同時に薄明かりもみえて、男は焦燥を感じながら物陰に身を寄せ荒い呼吸をおさえこむ。
不快な金属の摩擦音が聞こえるのは、彼らが防具を身につけているからだろう。
だとすれば、男にとって最悪の追っ手といわなければならない。
「幻隠の神カルンよ、どうか我が身を守りたまえ」
祈りをつぶやき身体を小さくして耐えることしばらく、神がその声を聞いたかさだかではないが、灯火の光が遠ざかりやがて人の気配も絶えた。
男は息つく間もなく再び走りだし、一心不乱にその場所からのがれた。
「おのれ、おのれ身のほどもわきまえない輩が愚かなまねを……! いずれ魔獣に喰われるがいい」
呪詛と歯ぎしりが男の口からもれた。
背負った子供を支える手に力がこもったが子供は目覚めず、男もまたそれ以上の言葉を発することなく黙々と足を動かし続けた。
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