03 - デニズリの各地で魔属が

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03 - デニズリの各地で魔属が

 デニズリの各地で魔属が氾濫しているとアイディーンが耳にしたのは、ビジャールに戻ってすぐのことだった。  知らせてくれたのは、先日の宴で面識のあったベイル伯爵である。  「アイディーン殿と大気のマラティヤが魔属の調査にでられてから四、五日あとでしょうか、デニズリより魔獣の襲撃をうけたと報告があり、それ以降続々と同様の知らせがまいこんでいます。あの国はいま、大変な混乱状態ですよ」  先手をとられたのはあきらかだった。  それはデニズリに対してといえたし、魔属に対してともいえる。  バズルリングの根城での一件のあと、アイディーンはさらに十日ほどを経て単身ビジャールへ戻った。  バズルリングとデニズリの関係についてすぐにビジャールへ報告すべきだとは考えるまでもなかったが、あのときアイディーンの最優先事項は、カシュカイを一刻も早く治療することしかなかった。  自身の疲労も重なったため治療に四日を費やし、それから六日が過ぎてもまだカシュカイは目覚めない。  体力が著しく脆弱で回復が遅いからだ。  ようやく状態が安定したのを確認して、アイディーンは報告のため戻ってきたのである。  しかし、すでにデニズリがこれほどまでに荒廃しているのは、バズルリングの後ろ盾の貴族が動いたか、あのとき逃した魔族が手出しをしたに違いない。  アイディーンがこれまでの経緯を説明すると、ベイル伯爵は表情をかたくした。  「魔獣を兵力化し反乱をおこすという企ては暗黒(カラバー)期だけにかぎりませんが、魔族を捕らえて利用するなど聞いたことがありません。本当にそんな方法があるなら、デニズリが覇権をにぎるのはたやすいでしょう。しかもそれを裏で支援しているのは、アイディーン殿の推理通りならばグルタル家という結論になる」  「バズルリングの城で見た柱の刻印の模様は、かの家の紋に使われる〈鱗と二本槍〉でした。たしか古くから王家に仕えてきた伝統ある家系のはず。長く続くデニズリの後継争いでは、弟王子派として動いているという話も聞いています」  「アイディーン殿は大陸をへだてたシヴァス人でありながら、しかも世界中を点々とするめまぐるしい生活に身をおいておられるのに、わたしよりも事情に通じているようだ。  それで、あなたはグルタルがその争いを有利に進めるため、魔属の利用を企てたとお考えなのですね」  「そうです。現在デニズリじゅうで大量発生している魔獣が王子派の仕業かは、まだわかりませんが」  ベイル伯爵はそこで首をふった。  「この状況についていえば、彼らが原因ではないようです。先刻の報告によれば、どうやらこの混乱に乗じて主権を握ったのは王女派のほうで、王子の陣営はすでに瓦解し、王子も行方がわからなくなっているとか」  「では、デニズリで魔獣鎮圧のために法術士や兵士を統率しているのは」  「王女側にまだそんな余裕はありますまい。王も病篤くとても指揮をとれる御身ではないはずですから、あの国は無法地帯といってもいい。近く、我が国から法術士団を派遣する準備を進めているところです」  ビジャールは、デニズリのにわか(・・・)政権が混乱を収拾しきれず泣きついてくるのを、高みの見物をしながら待っている。  アイディーンはバズルリングの城でハユルに言った仮定が事実になろうとしているのを感じた。  暗黒期になると、国や属領の境界線ががらりと変わることがある。  魔属から命の危機にさらされながらも、それに乗じて貪欲に領土を広げようとする国や権力をつかもうとする人間は、いつの時代にも存在した。  それはビジャールも、祖国シヴァスさえ例外ではない。  アイディーンは「それで」と問うた。  「デニズリへの対応にマラティヤが加わってもいいのですか」  「いえ、アイディーン殿には重要な役目があります。魔獣の相手などしている暇はないでしょう」  マラティヤの魔種狩りの対象は、基本的に魔族か単独行動の多い大型の魔獣にかぎられる。  世界各地の情報網から主国へもたらされる目撃情報や被害報告をもとにマラティヤは派遣されるが、その数は増える一方である。  ゴルシュ島での休暇はともかく、ビジャール王宮へ招かれたのもバズルリングの騒動にまきこまれたのも、まったく予定外のできごとだった。  もともとはビジャール有するオルルッサ大陸の北、カプラン大陸へ向かう行程をとっていたのだ。  「デニズリは俺たちの目的地の通り道にあるのでかまいません。それにこの奇妙な魔獣発生には、バズルリングの城でみた魔族が関わっているかもしれません。少し調べておきたいのです」  アイディーンの言葉に同意して、ベイル伯爵はうなずいた。  「様子見のために斥候の法術士をすでにデニズリへ送りこんでいます。マラティヤの調査にお使いください」  「お心遣いに感謝します」  青年は優雅に騎士特有の仕草で礼をして身をひるがえした。  ベイル伯爵はなおもその場にとどまったままなにごとかを思案していたが、やがて王へ報告にあがるために歩きだした。
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