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ごーん。
外から鐘が鳴る音がする。
職種柄、この時期まで仕事漬けで日付感覚を失っている。この音が聞こえ始めてようやく僕は、今年が終わろうとしていることを実感した。
「除夜の鐘だ。近くのお寺、今年も人いっぱいだった?」
「うん。もう結構混んでたよ」
駅前の商店街をまっすぐ上っていくと、大きな寺院がある。僕は毎日、自宅と駅間の近道として境内を横切らせてもらっていた。
今日も境内を通ろうとしたが、初詣客の長蛇の列をくぐらなければならず、外に出るのに大変な労力を有した。甘酒目当ての小さな子供も多く、何度もぶつかりそうになっては御免なさいと謝った。
「へえ。せっかくならお参りしてから帰ればよかったのに」
「今日までずっと仕事でくたくたなんだよ。そんな余力はない」初詣は三が日の間、いつでもできる。それより早くこたつに入ることの方が良かった。
「仕事、大変なの?」彼女は上目で尋ねる。「無理してるんじゃないの?」
「無理じゃないよ、全然」むしろ足りないぐらいだ。
僕は口を強く閉じる。奥歯がきしみ、頬に力が入る。
毎年この時期になると、休みの希望を出す社員が増えてくる。その人たちの分の仕事を、僕は積極的に引き受けた。 頭をなるべく仕事のことでいっぱいにして、余計なことは考えない。そうしないとどうしようもない不安に駆られるのだ。
けれど、疲労からは逃れられない。日に日に重くなる体に比例して、胸の内も空虚になっていく。
彼女はしばらく僕の顔を見ると、こたつに入ったままするすると僕の隣まで移動した。肩と肘が密着するほど、僕に近づく。
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