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海辺の時間
結婚してからは、二人でこうして海へ来たことなど、一度もなかった。
仕事が多忙だったのもあるが、精神的に余裕がなかったというのが正直なところか。
妻は、手には木製のバスケットケースを下げ、「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘップバーンがしていたようなサングラスをかけて、綺麗なブルーのストライプが入ったシルクのブラウスとタイト気味なスカートの上に、品のいいブラウンのコートを着て、足許には海辺にお似合いなミュールを履き、かなり冷たいが、心地よい海辺の潮風を受けて、元気よく微笑みながら私の横を歩いていた。
私はと言えば、似合いもしない中折れ帽子をかぶり、白いトレンチコートにツイードのジャケット、中にブルーのBDシャツ姿で、両手には大きなこたつを持って、妻の風除けになりながら、浜辺をゆっくり歩いていた。
こうして海水浴シーズンも終わった、季節はずれの、人のいない冬の海に来るのもいいものだ。
そう言えば妻とは一緒に海に来たことがない。
ちょうどいい機会になったな、と私は思ったが、そう言えばこれまで忙しさにかまけてカミサン孝行らしいこともしてこなかったな、とはじめて気がついた。
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