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憑路に漂う匂いはあらゆるものを内包する。魚介とそれを調理する香りに満ちた築地から一転、歩いているだけで肉、穀物、野菜、結依には素性すら分からぬ食材の匂いまでが折り重なって鼻をくすぐる。
憑爺と名乗った青年に導かれるまま歩く結依は、不安と好奇の入り混じった目で周囲を見回していた。
「こっちは魚市場ではないんですね。匂いも外観もぜんぜん違う」
「よいものだろう。古今東西の珍味妙味から陰謀の香りまでよりどりみどり。恋の香りもあるやもしれんが、探してみるかね?」
「間に合っています」
実家に帰れば彼氏はできたかと親に聞かれる身の結依だったが、そう答えておいた。
「それは重畳」
「それで、どうやって帰れば……」
「心配せずとも帰り方は教えるとも。だが先だっては憑路の理を知ってもらわねばならんのでな、まずはついてきたまえ」
カランコロンと柾目の下駄を鳴らしながら憑爺は結依の前を往く。石畳が提灯に照らされる中を歩いた末、ふたりは古びた露店の前で足を止めた。のれんの向こうに座っている着流し姿の何か、人型だが人ではない鱗肌の生き物がじろりと目を向けてくる。思わずたじろぐ結依の後ろにいる憑爺の姿を認めると、店主らしき生き物はビクリと飛び上がって佇まいを正した。
「これは旦那。本日はお日柄もよく……」
「やあやあ主人。なに、固くなることはない。久々の客人にここの手ほどきをしているだけだ」
「へぇ、お変わりないようで。で、何をご所望で?」
「そいつは彼女次第。さてお嬢さん、ここは爺の行きつけでね。不躾な質問でかたじけないが、少しばかり寝不足ではあるまいね?」
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