『友喰い・a』

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「寝不足って……。確かにそうですけど」  築地で海鮮を味わうなら早朝が基本。結依も遅れまいと日も昇りきらぬうちに出かけたため、いささかの寝不足は事実であった。だがそのことに何の関係がと訝しむ結依の視線に、憑爺は芝居がかった身振りで答える。 「それはいただけない。寝不足は美人の敵、ここはこいつをいただこう」  ひょいと取り上げたのは歪んだガラス玉のような何か。憑爺の手で青黒く光るそれにさがった札を見て結依は首をかしげる。 「『惰眠』?」 「『惰眠を貪る』と言うだろう? 貪るとはすなわち食らうこと。言霊の類と言えば分かるかな、まあともかく憑路では当たり前に取引できるというわけだ」  言いつつ、憑爺は結依の額に『惰眠』を押し付ける。予想した硬さは感じられないままガラス玉は額へめり込み、焼鉄に氷でも乗せたように結依の体内へと消えた。 「え、え、え?」 「落ち着きたまえよ。どうだい調子は」 「あれ?」  身体を動かしてみて、気づく。  軽い。目と頭は冴え渡り、凝っていた肩も首も羽毛のように軽やかに回る。幾日もたっぷり睡眠を摂り続けた朝の如き活力が結依の体にみなぎっている。 「これが憑路だ。ご理解いただけたかね?」 「すごい……!」  食えるものなら全てが売り買いできる。それはまさしく言葉通りの意味だった。この世ならざる法則を知った結依は、冴え渡る頭のままに憑爺へと詰め寄っていく。 「もしかして、『甘い汁を吸う』とか『辛酸を舐める』とかも?」 「あるともさ。ふむ、その様子、何やら探しモノでもあると見える」 「はい、私の――むぐ!?」  問われるままに開いた結依の口は、しかし、後ろから伸びた手に塞がれた。
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