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少し見上げれば、切れ長の目にかかるところまでストレートの黒髪を伸ばした、シャツ姿の男性が立っていた。
整った顔だちと瑞々しい肌のために若く見えるが、研究職であれば二十代半ばであろう。
額を軽くさすっている仕草から、ドアの前に立ったところを結依が不用意に開けたために被害をこうむったことは明らかだった。
「あ、失礼しました。大丈夫ですか」
「ええ」
慌てて頭を下げる結依に言葉少なに一礼して男は事務所を出ていく。すれ違いざまに見えたIDカードに記載された名は『海堂 夕』。配属されてやっと一ヶ月が経ったばかりの結依は知らない名だった。
顔と名前を記憶しつつ海堂を見送ると、事務所内の女性社員たちがヒソヒソと何やら囁きあっていた。
「先輩、今の方って……」
「あら、海堂さんは初めて? そうよね、まだ一ヶ月だもの」
自分の先輩であり育成担当でもある三十代の女性社員に尋ねると食い気味に回答が返ってきた。
「ここの社員ですよね? 営業ですか?」
「研究よ、研究。なんでか知らないけど年中スーツかシャツなのよ」
顧客と直接関わる営業職や開発職はともかく、良くも悪くも内向きなのが研究職。
スーツなど月に一度着るか着ないかという世界だ。特に若手となれば毎日の出勤時はほとんど私服と変わりない。
「へぇ、お洗濯大変そうですね」
「あのね、悪いこと言わないからやめときなさい」
「はい?」
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