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「今の、海堂さん?」
足早に歩いていたのは確かに金曜にドアをぶつけた相手、海堂夕だった。ちらと見えただけの先輩社員の方へふらりと結依の足が向く。先輩の言葉を忘れてはいないが、海堂の思い詰めたような顔が気にかかった。
「あれ」
だがそう思ったのも束の間。歩いていたはずの海堂夕の姿は、風で掻き消えたように見えなくなっていた。そこには店と店の隙間に伸びる閑散とした小路があるのみ。
「見間違え、じゃないよね」
小路に入ったのかと踏み込んでみるが、ダンボールが山積みな上に幾度も折れ曲がっており見通しが悪い。その先も、さらにその先も曲がり角や十字路を繰り返し、気づけば帰り道を見失うほど奥まった場所に結依はいた。
「お店とお店の間の路地って初めて入ったけど、こんなに入り組んでたんだ……。でもだいたい駅から遠ざかる方に歩いてきたからあっちがハレの日食堂の方、のはず」
さすがに海堂より自分の身を案じるべきと思い直し引き返し始めるが、同じようなコンクリートの路地はどこまでもどこまでも続いていく。スマートフォンのGPSを頼ろうにも詳細な座標を絞れず頼りにならない。
腕時計を見ればすでに朝十時半、路地に入って三十分以上が経っていたが、一向に出口にたどり着かない。
ここは本当に築地なのか。いよいよ焦りが募り始めたその時、薄暗い通路の先に光が見えた。開けた場所があるらしいと安堵し、早足で抜け出した結依の前に広がった光景は、しかし結依の知る築地のそれではなく。
「なに、ここ」
空が、暗い。
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