8

1/1
前へ
/12ページ
次へ

8

いつの間にか春が終わり、梅雨が明け、季節は夏が降ってこようとしている。ヨシ君の復帰ニュース流れ、ラジオで彼の曲も沢山かかる。もうずいぶん日々が過ぎていた。今から思うと、ヨシ君が私の所に現れた数日間、私は白昼夢を見ていたのではないかと思う。私は今日もラジオを聴いていた。 ヨシ君が戻った後、私は思い切って、両親に言ってみた。大学に行く。第一希望は偏差値の高い大学だから、予備校に通いたいと。両親は、あっさり認めてくれた。きっとどんなことでも、一歩を踏み出すのがとても大変で、だけど、自分の思い込みを跳ね除けて、思っていることを言ってしまえばいいんだ。できれば、明るく、嫌みのないように。そうすればきっとうまくいく。 今を楽しむことが、結局未来に繋がる気がする。つらいことを乗り越えた人にしか出せないパワーを出して見せる。何もしないより、何かしたほうがいい。だけど何もできなくても思うだけでも、思わないよりはいい。例え、何もならなかったとしても、後悔しないくらい思いっきりやって、それは無駄にはならない。好きなものは好きだから、これからも楽しめばいい。ラジオから流れる音楽があればそれでいい。私を包み、癒してくれる。いつも、どんなときも。 「それでは今日のゲストをお迎えしましょう。ヨシさんです」 勉強の合間に、ラジオを聴く。窓からは青空が見える。私は音量を上げた。もちろん今日ゲストなのは知っていた。 「よろしくお願いします!」 彼の声が聞こえると、やっぱり顔がほころんでしまう。そして、リスナーからのメッセージと、質問が紹介された。 「歌手になろうと思ったきっかけを教えてください」  それは私も知らない。ぜひ聞きたい。 「10歳の頃、春休みに入院していて、退屈だから屋上で一人歌っていたんです。偶然、屋上に来た子が俺の歌を聴いていて、すごく褒めてくれて、嬉しかった。それまで恥ずかしくて人前で歌ったことがなかったから、それが初めて人前で歌った経験で、歌手になろうって思ったきっかけです」 「素敵なきっかけですね」 「いつか、その子に歌手になったこと伝えたいなと思って」 私は、何も言えなくなった。今の今まで忘れていた。10年位前、大きな病院に検査入院したことがあった。そうか、いつかあの病院の屋上で歌ってくれたあの子。あの子はヨシ君だったんだ。だから、ヨシ君は私に電話番号を教えた。私が電話かけてくれることに賭けて。まるで夢の答え合わせするみたいだ。 10年前、私とヨシ君は出会っていた。そして、私達はもう一度出会えた。これから、私達はどうなるんだろう。それを楽しみに生きるのも悪くないな。 不思議な縁。運命だと思いたい。結局はどう思うかだ。自分がどう思うかが全て、な気がする。 「それでは新曲お聞きください!」その曲を聴いて、私はもっと驚く。 あれは、私の白昼夢じゃなかった。必ず、そちら側へいくよ。ヨシ君、待っていてね。 待っているよと頭の中でヨシ君が言った。私が作り出した妄想は少し薄れている。きっと毎日を忙しく暮らしていたら、妄想の中の住人達はひっそりと消えていく。でも、それはそれでいいんだ。失われたりはしない。そして、私は現実を生きる。現実を夢のように楽しくするのは難しい。夢のように自分の好きなようには操れない。だけど、それが大人になることなのかもしれない。大人になっても大切なものは失われたりしない。もっと自由になれる。私は未来に希望が持てた気がした。 「ヨシさんのニューシングルをお送りしました!いい曲ですね~」 「この曲は、意識不明の時見ていた夢にインスピレーションを得てできた曲です。その夢には小鳥が出てきて、迷っている自分を導いてくれたんです。それで戻って来られた」 ヨシ君がいたずらっぽい笑みを浮かべている様な気がした。 「それで、この曲はことりへの感謝と、愛を込めて作りました」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加