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帰宅し夕食後、私はお風呂で湯船に浸かり、今日の出来事を振り返っていた。ふと、胸の奥の「つっかえ」が取れていることに気づいた。そのことに気づいた私はぶくぶくと湯船に沈んだ。いつまでも過去に囚われるのはやめよう。困難を乗り越えて、幸せを掴む、映画じゃない、私の人生。自分らしく生きられるかな。
そしてもう一つあることに気づいて、お風呂上りにラジオ局にメッセージを送った。
私は自分の部屋に戻り、ラジオを聴きながらヨシ君と色んな話をする。音楽のいいところは、一人でも楽しめるし、みんなでも楽しめるところだ。
「今日は助けてくれてありがとう」
「守護霊ですから」
そしてヨシ君は自分の話をする。
どこにでもいる歌うことが好きな男の子だった。大学に進学して、レコードショップでアルバイトしながら、曲を作っていた。ある日、レコード会社のオーディションに送ったデモテープが運命を変えた。それまで、人前で歌うといっても学園祭くらいだったのに、突然、世界が変わったみたいだった。デビューの話が来て、乗っかってみることにした。両親には、大学だけは卒業しなさい、と言われた。もしプロとして食べていけなかったら、その時は就職して音楽は趣味として楽しみなさい、って。
「今いる場所からとても想像がつかない場所に、ある日突然、辿り着くことがある。本当に世界が変わるんだ。だから、ことりは自由だ、これからどこへでも羽ばたいて行ける」
ヨシ君は手で小さく鳥が羽ばたく仕草をした。
「私ラジオDJになりたいな」私はちょっと恥ずかしいけど正直に言った。
「誰かの素敵な時間の片隅に、そばにいつも自然に流れている音になりたい。まだみんな知らない素敵な曲を、音楽を届けたい。私がヨシ君の歌と出会えたみたいに」
時間は0時少し前、深夜のラジオが小さく流れる。少しずつ鼓動が高まる。私がさっき送ったメッセージが読まれる確証はないけど、どうしてだろう。今日だけは必ず読んでもらえる気がしていた。そして、ラジオから私のメッセージが読まれる。ヨシ君もそれに気づいて、私達は会話を止めてラジオを聞いた。
「こんばんは。いつも楽しく聴いています。突然ですがお願いがあります。いつも助けてくれる大切な人がいます。彼もこの番組を聴いているので、私のメッセージを伝えてください。
出会えてよかった、ありがとう
そして」
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…私は心の中でカウントダウンする。
ゼロ。
私はヨシ君を見つめる。彼も私の目を見る。そして全ては重なった。
昨日と今日の境目、零時の時報。ラジオの向こうのDJさんの声、私の声。
「誕生日おめでとう」
そう、日付が変わって今日はヨシ君の誕生日なんだ。彼の誕生日の入り口に私達はいる。本当なら沢山のファンやスタッフさんにお祝いしてもらえただろうに、私は何かお祝いをしたくてラジオ局にメッセージを送っていた。
ヨシ君は少し驚いていた。
「いや、忘れていたよ。ありがとう、嬉しい」
そして時計を見て「ことりはそろそろ寝なくちゃ、俺は夜の散歩に行ってくるから」と壁をすり抜けた。
窓の外にヨシ君がいて、その後ろに大きな満月が見えた。ラジオからはニューヨーク・シティ・セレナーデが流れていた。窓を開けて私は言う。
「お散歩気をつけてね、おやすみなさい。それと、月がきれいだよ」
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