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学校終わりに、ヨシ君が入院している病院に行く。幽体離脱から戻るには肉体の側に魂を連れて行く必要がある。
自転車で駅に行き、電車に乗り、病院の最寄り駅からは歩きだ。
電車に乗っている時、私がウォークマンでラジオを聴こうとして、でもヨシ君は聞けないな、と思い片付けようとしたら、ヨシ君に「イヤホンなくても、ラジオ聞こえるんだ、幽体離脱の効果かな」と言われた。そして私とヨシ君は道中ラジオを聴くことにした。
病院まで、歩いている時に通り雨に合った。私は折り畳み傘を広げ、二人で傘に入った。周りに人がいないから、私達は少し話をする。
「雨の音、ってなんか落ち着くよね、雨の日に家にいて考えられることもあるし、悪いことばかりじゃない」
「うん、雨って綺麗だよね」心の中も洗い流してくれるみたいだ。雨なんか嫌いって言ったら、すごく冷たい人みたいになる気がする。子供の頃、雨の日は傘とか長靴とか嬉しかったな。私はそんなことを思った。
ヨシ君は言う。
「ずっと自分のために歌っていた。歌うことが自分を表現できることだったから。
デビューしてから、時々どこの誰かが聞くかもわからない、流行って消えていく、もしかしたら流行もしない曲を一生懸命頭ひねって創っているんだろ、って思うときもあった。だけど、聞いてくれた人が、この曲のここが好き、このフレーズが、このメロディが、って言ってくれればなんかもう、それだけで充分な気がする。100万人の人に届く歌声もいいけど、どうしようもなく寂しい独りの夜に、その誰かの心に寄り添える、温めることができる歌を歌いたい。その人達の為に歌いたいと思う」
ラジオからは「雨に微笑みを」が流れている。ヨシ君は傘の中から飛び出して、一緒に歌った。雨の中楽しそうに歌う。少しずつ日が差し込む小雨の中、キラキラとその姿はこの上なく輝いて見えた。
「ずっと歌っていられたらいいな。大スターというより、最終的に自分の好きなことができたらいい。自分はマイペースに活動をして、コンサートをして、あとは楽曲提供して印税生活なんてね。いつか、ことりの番組にゲストで出られたらいいな」ヨシ君は笑った。
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