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「ふふ、どうしたんですか急に。私がいなくなるのが寂しいのですか?」
「……うるさい」
「どうしたらいいか、なんて考えるまでもないことでしょう。闘い続けなさい。剣士の頂に至ることがあなたの望みなのでしょう?」
「そんな大それた望みを持ったことはない。俺はただ、お前に勝ちたかっただけだ」
「私がいなくなった後は剣士であり続ける必要もないと?では街に出ますか。普通の民として余生を過ごすことはできそうですか?」
「お前はどうしていたんだ?俺と出会うまではずっと一人で旅をしてきたんだろう」
こうして彼女の過去について質問するのは、初めてのことだった。
「あなたと出会うまで、ですか……」
一華はため息混じりにつぶやいて、それきり黙る。そのまま長い時間が経過した。
「では……この刀を受け取りなさい」
再び口を開いた一華は帯から刀を引き抜いて、差し出す。一真は広げた両手で丁重にそれを受け取った。
「その刀は魔の力を帯びています。まるで意志を持っているかのように、持ち主を常に争いの渦中に誘います」
「魔の力……」
「運が良ければ、その旅の中であなたの求めている答えにたどり着けるかもしれません」
「一華も……これを誰かから受け取ったのか?」
「そうです。前の持ち主も今の私と同じように、死に際にこれを託していきました。もう随分昔の話ですが」
彼女の表情が少し柔らかくなる。
「いいですか。あなたは知らないと思いますが、人は闘いなんかなくとも生きていけます。嫌になったら迷わずその刀を捨てなさい」
「…………」
黙って一華の顔を見つめていると、その視線が一真の肩越しの空を捉える。
「夜が明けるみたいですよ。ほら、東の空が」
一華の視線の先を追ってみると、地平線の向こうから白い光が昇ってきているのが見える。
「……私は幸せものですね」
「……一華は、答えに辿りつくことができたのか?」
返答はない。背中越しに聞いたその言葉を最期に、彼女が息を引き取っていたことに気付くのは、それからしばらく経ってからのことだった。
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