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闘う理由について思うことも、自分が何者であるかも、忘れていく。
自分が「一真」という名前で呼ばれていた記憶すらも薄れていき、刀の力に導かれるままただ闘いを繰り返すだけの修羅と化していた。
そんな中、数百か数千か、幾度目かの移動のあとのこと。名も無き一人の剣士となった彼は、空腹で野垂れ死に掛けた状態で空を見上げていた。
どうやら自分が倒れ伏しているのは、荒野のような場所らしい。らしいというのは、彼が太刀傷によって随分前に視力を失っていて、その他の情報から状況を推測する以外になかったためだ。
これまでの旅の中で数えきれないほどの傷を受けてきたが、刀の力で癒すことのできない傷はいくつかあった。
癒され、忘れられていく傷とどんな違いがあるかは分からないが、きっとその傷が残ることに何かしらの意味があるのだろう、彼はそう思っていた。
食料を得るならば、市街地に入る必要があるが……そのためには先立つものが必要だ。しかしそんな余裕はどこにも存在しない。
(これはまいった……)
これまでであれば、適当な悪人を切り伏せたり困った人を助けたりして小銭を稼いでいたのだが、いかんせん体が動かない。もう何日も食料を口にしていないためだろう。
飢えはやはり苦しい。苦しくはあるが、この体に餓死というものは訪れるのだろうか。
訪れないのだとしたら、刀の力で命を繋ぎ止められたまま身動きできず、ここで誰かの助けを待たなければならないのか。
その時、人の気配が自分のもとへ近づいてくるのを感じた。
「お、お兄さん、大丈夫ですか……生きてますか?」
聞き覚えのある声が、一真の鼓膜を揺さぶった。
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