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その少年に名前はなかった。
多くの人がそういった風習に従って生きていることは知っていたが、それが自分や自分以外の者に必要だと思ったことはなかった。
奪えるか、奪えないか。少年にとって他者を計る尺度はそれだけあれば充分だった。
物心ついた頃から定まった住みかを持たず、その日の食いぶちを稼ぐために生きる。野犬のような生活を送っていた。
生まれてからまだ十年にも満たないが、人も数えきれないほど殺してきた。
必要なものが落ちていなければ、誰か持っているものを奪う以外に選択肢はないからだ。
しかしこの世界は、なんの拠り所もない少年が一人きりで生きていくには、あまりに厳しい場所だった。
見込み違いや失敗が一つ二つ起これば、それは死に直結する。
そんな可能性は誰にも平等に与えられていて、いつかは自分の順番もやってくる。少年は日頃からそんな風に考えていた。
「やっと追い詰めたぞ、このガキ」
だから、こうやって八方塞がりの状況に陥っても、無様に泣きわめくようなことにはならなかった。
息を乱した十名ほどの男が輪を作っている。彼らの手には刀や鈍器が握られている。少年はその輪の中心にいた。
絶体絶命の状況だった。逃げ場はなく、応戦するのに相応しい武器も持っていない。
「観念したか?泣いて詫びるなら助けてやってもいいぜ」
男の言葉に少年は黙って睨み返す。
「生意気なツラしやがって、この」
足の裏が真っ直ぐ顔めがけて飛んでくる。鼻の頭がひしゃげるような感覚の後、体が宙に浮いて地面を転がる。
「もうやっちまおう。気味が悪くて仕方ねぇ、このガキ」
「ああ、そうだな」
賊の一人が刀を抜いて、頭の上に掲げる。
「お前みたいに根性のある奴はそういない……本当は目を掛けてやりたいところなんだが、こっちも仲間がやられてるんでな」
少年は視線を周囲に走らせ、頭を巡らせる。逃げ場はない、対抗手段もない。
「痛みは感じないようにしてやるからよ、大人しくしててくれや」
二、三人なら道連れにできるか?虚を突けば食い破る隙を作れるか?
その時、少年を含む一団に近付いてくる足音が聞こえてきた。
その場にいた皆の視線がその音が発せられた一点に集まる。
一人の女性がそこに立っていた。
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