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「……お前は、俺を生かしたことをいつか後悔する。傍にいる限り、俺はいつでもお前の命を狙う」
自分が負けるはずなどない、絶対的な自信を下地にする優しさ、情け。少年はそれが気に食わなかった。どうにかしてその表情をぶち壊してやりたいと思った。
「ええ。好きな時に殺しにきなさい」
少年がそれだけの殺意を向けても、女の笑みから暖かさと柔らかさが失われることはなかった。
「……わかった。お前と共に行くことにする」
天辺が見えないほどの高い壁が目の前にあり、それにいつでも挑むことができる。これまでの生活を考えたら、これ以上ないくらい面白い環境だ。
「よろしい。それでは今日この時より、あなたは私の伴……旅の同行者となりました。……ほら、もう一つ食べなさい」
女は地面から枝を引き抜いて、焼き上がった肉を少年に放る。
「……そういえば、まだあなたの名前を聞いていませんでした。教えていただけますか?」
「ない。……そんなものが必要になったことはなかった」
「これからは必要でしょう。少なくとも私は不便です。んー、そうですね……」
女は枝の先で燃え上がる薪をつつきながら、黙考する。
「それでは、私の名前から一文字を取って『一真』と呼ぶことにしましょう」
「一真……」
「我ながら悪くない名前だと思いますよ。お気に召さないなら別の名前を考えますが、どうでしょう?」
「……好きにしろ。どう呼ぼうがお前の勝手だ」
「そうですか。それでは私の好きなように呼ばせてもらいますね。……まぁ、今晩はゆっくり体を休めてください。明日の朝には出発しますから」
女は体を横にして寝る仕度を始める。少年はその様子をじっと見つめていた。
「あぁ、そうだ。申し遅れましたが私『一華』と申します。あなたが必要だと思うなら、そう呼んでくれてもいいですよ」
少年は返事をしなかった。戸惑っていたのだ。誰かとこんな風に関わり合うことなど、これまで一度もなかったから。
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