目が覚めるとそこは、屋外非常階段の上だった

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目が覚めるとそこは、屋外非常階段の上だった

 「神のうち」とも言われる年の頃のことだ。隠れんぼの最中に眠ってしまったらしい。古い金属の階段を登ってくる足音がする。  夕日を背に、私の名を呼ぶ優しそうな声。私はなぜかまだ夢の中のように思えた。 「お腹すいたでしょう。帰りましょう」 「うん」 「お父さんは出張で出かけたわ。でもお母さんは明日からずっとお休みだからお母さんと遊びましょう」  私は喜んだ。いつも忙しいお母さんとボードゲームやすごろくをしてお菓子を作ったりした。隠れんぼをすっぽかして帰ったのに友達も呼びに来なかったし近所に住む祖父母も来なかったが、お母さんがずっと家にいるのが嬉しくて気にならなかった。 「お父さんはいつ帰ってくるの?」  母は私のカーディガンを編むと言い、私は毛糸の束を持たされている。母が糸を繰って玉を作る。そのとき聞いてみた。 「お母さん、どうしてお買い物に行かないの?いつもは毎日行くのに。保育園はいつまでお休みしていいの?」  その記憶はそこで終わりだ。しかも最近まで忘れていた記憶だ。高校の授業で遠野物語の「マヨヒガ」という話をやったせいで唐突に思い出した。「迷い家」というのは山奥に時空の歪みのようにぽつんと存在する、福をもたらす無人の家だ。  実は、私は小さい頃、突然行方不明になった。手がかりもなく一年近く経ったある時、ひょっこり戻って来た。私は上記の話をしたそうだが未だに真相は不明のままだ。年寄りが言うように神隠しかもしれない。  なぜなら記憶の中の昭和然とした街並みも家も母の姿も、現実のそれとはかけ離れているからだ。母は編み物なんてしないから私も毛糸の繰り方なんて知らないはずなのに。  私は時空の狭間の町で暮らしていたのだろうか。それとも、早世した前世の記憶とか?……単なる夢かもしれないけど、さ。
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