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バーの名前は、【サイルイウ】。わんこ愛用の備前焼の茶碗が常備され、席に座るといつもそれにミルクが入れられ渡される。店では名物として愛されるが、その実はマスター以外知らない。マスターのペットだと勘違いしてる輩が多く、相棒というのもジョークだと思っている。
『全く不快だ。人間はどいつもこいつも、てめーの常識とやらが真実だと疑わない』
「まぁ、そういうなよ相棒」
客がいなくなり、店は閉店。ただ一匹、わんこ探偵は残っていた。彼は何杯目か分からぬミルクで愚痴たれる。
「まさか、人語を話し、理解する犬がいるなんて誰も思っちゃいないさ。そういうのはフィクションの中、限定だとね」
『てめーがリアルだと疑わない。よいご身分なこったな』
バーにはスピーカーがあり、そこから昔のジャズが流れる。古典的なジャズ。今のように電子機器が取り入れられた時代のものではない、時代の名残といえば聞こえはいいが、古くさい時代遅れの産物ともいえる。それに紛れて、わんこ探偵は音声を流す。
わんこ探偵は、こんなものを好んでいる。ナリはかわいらしい柴犬でも、自身をフィリップ・マーロウと信じて疑わない。
「探偵はそう、愚痴たれるもんじゃねーぜ。それはそうと、ちゃんと金は払えよ。お前、ペットじゃないし」
『わかってる。ちゃんと振り込んでおくよ』
わんこ探偵は自身の口座を持っている。色々と、あくどいことをしたが、ともかくそこに資金を保管していた。どういう収入があるかは、マスターも知らない。彼はその能力でネットにアクセスできるし、ただの人間じゃ伺えない手段で稼いだのだろう。
店の払いも、いつも口座の振り込みで済ませていた。クレジットカードもないのに、便利なものだ。
「そのくせ、仕事の報酬は大抵美女のキスで済ませる。いい男だね。いや、オスというべきか」
『てめーらの流儀から学んだはずなんだがな、オレは。ま、人間のオスにはもう、フィリップ・マーロウはいないのか』
「あんなんと比べられたら誰だってへなちょこだ」
マスターは彼専用のつまみも用意し、差し出すのだが、毎回食ってもらえない。来るたびに新しいのをよこすが、どれも受けつけてもらえない。
『あと、美女のキスはてめーらの至極大事にするものより貴重だぜ。福沢諭吉とかふざけた紙幣にあれほどの価値があるのかよ』
「福沢諭吉もきみにそんなこと言われるとは予想もしなかったな」
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