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わんこ探偵を人間で知るのは、マスターぐらいのものだ。
あとは、動物界で多少知られてる程度。
どういう経緯でわんこ探偵がわんこ探偵になったのかは不明だが、ともかく、界隈では凄腕の探偵として知られている。
「たまには家に帰ってやれよ。おばあちゃん、心配してるぜ」
『けっ、嘘つけ』
「新しい犬を飼ったからって怒るなよ。あれ、捨て犬だったのを拾ってあげたんだってよ」
『知るか、そんなの。元々オレにはなんの関係もない』
ちなみに、硬派を気取る彼ではあるが、ときたま、老婆の様子を見に行くことがある。当初は犬が逃げたことで消沈し、仏壇にある夫の写真に語りかけるほど涙にくれていて、それを見て何度帰ろうか悩んだものだが、それから一ヶ月も経たないうちに、新たな犬がやって来た。どうやら、わんこ探偵を探す間に、捨てられた子犬を拾ったらしく、それからは、わんこ探偵以上にそいつが愛された。皮肉にも、わんこ探偵と同じ品種、茶色の柴犬であった。
「嫉妬か、ボーイ」
『殺すぞ、じじい』
マスターはからかい、わんこ探偵は不機嫌。
実際嫉妬しているのだろう。いや、逃げ出した身としては矛盾しているが、あの老婆のことは嫌いではないのだ。ただし、愛され過ぎても困る。彼は自由な生活を愛していた。しかし、老婆のことも嫌いではない。複雑な感情を抱いているようだ。
「自由を求め、ふらりふらいとさまよい歩き、美女のキス欲しさに探偵家業か。かっこいいね、今じゃ銀幕のスターでもやらねーよ。しかしな、そんなんで将来大丈夫か。探偵は犬も人も辛い仕事だ。明日どうなるか分からぬ身だろ。いつかは、老婆の下で暮らしてた方がと後悔するんじゃ」
『そんな遠い未来は分からないね』
わんこは吐き捨てるようにいう。
『今は、こうありたいから、のために探偵を続けるさ。探偵をしないことで、泣きたくはないからな』
「それが、誰かの涙を止めることになるのか? 老婆は泣いてるかもしんねーぜ」
『……言い訳はしねーよ」
わんこ探偵はミルクを飲み干すと席から下りて、店を出ようとする。
「気を付けろよ、相棒。お前は他の犬とは違う。だがな、だからってお前は無敵でも不死身なわけでもない。多少、特殊なことができるだけの、ただの柴犬だろ」
『それでも牙ぐらいは生えてるさ』
「クチだけは達者でやがる」
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