第1章

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『ケンちゃんはね。すぐ帰ってくるって言ったんだよ。だから、それを待ってるだけなの。あのね。反対側のとこにね、お店があるの。今日は、母の日だからってお母さんのプレゼントのお花を買ってあげるんだって。でも、ぼくお花を見るといつも食べたくなっちゃうから』 『だから、捨てられたのか』 『捨てられてないよ! ひどいな、おじさんは。もうどっか行ってよ!』  ゴールデンレトリバーはプンスカプンと、怒って吠えていた。少なくても、人間の目にはそう見えていた。  けっ、とわんこ探偵は立ち去ろうとする。 『人間に過度な期待はすんなよ。奴等はいつも愛情があるわけじゃない』 『いいから、どっか行って。ケンちゃんはそんな子じゃないよーだ』  004 『だから、言ったじゃねーか』  保健所。  わんこ探偵は夜中に侵入した。彼が赴いたのは、一つのケース。あのとき、声をかけたゴールデンレトリバーが入ってるケースだ。 (ったく、ここはあまり来たくはなかったんだがな)  保健所は何回か来たことがある。昔は同胞を助けようと奮闘したこともあるが、どいつも野良で生きてけるわけじゃない。むしろ、このまま生きるよりは、と自ら保健所に戻る者もいた。それ以来、彼は保健所に来ることはなかったのだが。 『……違うよ。きっと、ケンちゃんに何かあった。事情があったんだよ』 『捨てられたんだよ。人間なんか、そんな信じてどうする』 『人間なんか、なんて言わないで! ケンちゃんはいい子だもん。いつも、ぼくと楽しく散歩するよ!』  呆れてものがいえん。  わんこ探偵はため息のように一回吠えると、鍵をくわえて、ケースを開けた。 『出してやる。何だが見てられなくてな。……まぁ、野良でやれるかはお前次第だが』 『ねぇ、思い出した。あんた、探偵だろ。犬の探偵。首輪の代わりに首巻きをしてる柴犬がいるって聞いたことある』  ちなみに、今夜の首巻きはコバルトブルーである。  わんこ探偵は『それが、どうした』と聞き返す。 『調べてよ! きっと、ケンちゃんには事情があったんだ。お願いだよ!』 『……あのな』  調べるのは億劫だった。過去にこういうやり取りを何度もしてたからか、余計にだ。  どうせ調べたところで、人間たちの醜さが浮き彫りになるだけだ。相手は子供だろう。飼うのに飽きて捨てた。そんな残酷な真実しかないのに、どうしてみんな知りたがるのか。
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