第1章

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 嫌そうな風ではあるが、彼は保健所内にあるシステムに侵入し、ネットにアクセス。そこから、ゴールデンレトリバーがいた交差点付近で、何かあったかを調べ――『あった』事件が起きていたらしい。 『ね、ほらね。やっぱりあったでしょ。ケンちゃんはぼくを捨てたわけじゃないんだよ。ね、ね。それで、何があったの。ねぇ? ケンちゃんはどこにいるの? どういう事情があって』 『………』  わんこ探偵は、どう言ったものか悩んだ。  この犬のことはもう大丈夫だろう。おそらく、親御さんは犬を心配する余裕もなくなるほど大変だったのだ。こいつが姿を見せれば、泣いて家に入れてくれるさ。  だが、この真実はこいつが望んだものじゃない。 『ねぇ、ケンちゃんは今どこにいるの?』  005  数日後。  わんこ探偵は昼間、民家の密集する通りを歩いていた。彼は一軒の家の前にたどり着く。  今風のモダン建築の家であり、玄関前にはいくつもの花が植木鉢で咲いており、それから察すると、わんこ探偵は器用に電柱をのぼり、塀を越えて庭を歩く。案の定、花から離れたとこに、あのゴールデンレトリバーはいた。  ケンジ、と。子供が書いたのであろう、犬小屋の札には筆で書かれていた。子供ながら不器用ではあるが、元気いっぱいに大きく書かれていた。 『おい、ケンジ』  わんこ探偵はゴールデンレトリバーの名前を呼ぶ。動物につけられた名前は、大抵人間がつけたものだ。彼が動物の名を呼ぶことは少ない。大抵、人間に捨てられた者と会うことが多いからだ。だが、今回は人がつけた名前で呼んだ。 『……ああ、探偵さんか。この前は、どうも。ありがとね。あのあと、パパさんや、ママさん。泣きながらぼくを抱きしめてくれたよ』  彼は保健所で事件を調べたあと、何が起きたかをケンジに話した。ケンジは最初は嘘だと信じようとしなかったが、保健所を抜け出し、家の前で親御さんと再会して、体験してしまったようである。  犬小屋があるのは、縁側がある和室の前で、そこから和室におかれた中陰壇が見える。まだ四十九日前なのだろう、位牌や遺骨もあり、写真立てはまだ十歳ぐらいの少年の姿を写していた。彼の笑顔を拡大にしているが、それは両親や犬のケンジを連れて旅行したときの写真だ。 『すまなかったな。あのときは、ケンイチくんを疑ってた』
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