第1章

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『ううん、ぼくも内心不安がってたしね。ほんと、ケンちゃんに悪いな……。えへへ、でもね。ケンちゃんも結構ひどいんだよ。ぼくの上に乗ろうとしたのも数回じゃないしさ。ケンちゃんがもっと小さかった頃はラクガキもしてきたし、川にぼくといっしょに飛びこんで一人だけ風邪引いてさ。ほんと、ケンちゃんは悪ガキで』  空は晴天で、雲一つない。  それを清々しい空と見るか、それを寂しい空と見るかは心境によって違うだろう。 『会いたいよぉ』  006  健一少年は、反対側にある花屋に行くために、犬のケンジを待たせ、信号を渡って行こうとしたらしい。  だが、そのときに車にひかれたようだ。  ひいた運転手はまだ見つかっておらず、捕まっていない。 『今じゃどこにでも監視カメラがあるご時世なのに、人間はひき逃げ犯を捕まえられないのか。どんだけ無能なんだよ』  人のいなくなった深夜のバー。  わんこ探偵は、調べた事件をオーナーに話していた。 「警察も特定はしてるんだろうな。今時、カメラの目から逃れることは不可能だ。それこそ特殊な能力でも持ってないと……いや、もしくはあれだな。それ以上の力があれば逃げられる」 『何だよ、それ』 「権力」 『ヘドが出る』  相談というわけじゃない。ただ、あまりにも胸くそ悪い事件なために、誰かに話さなきゃ臓器が腐ってしまいそうだったのだ。 『実際、オレが調べても同じ答えだったよ。轢いたのは、お偉い組の息子さんだとよ』 「どうやって知った」 『SNSでしゃべってた』 「バカかそいつは」 『いや、ロックはしてあっただけどな。オレも権力者辺りが怪しいとふんだから、そこら辺を隅々まで調べたら、出てきたよ』  罪悪感は持ってるらしい。だが、だからって捕まる気は毛頭ないようだ。  奴は今、強いストレスにかられて閉じ籠っており、心配された組のお偉いさんにいくつもの護衛やらを配置して、広い別荘で郊外に暮らしているという。  護衛といっても、それは正しい呼び方ではない。どっちかというと、息子自身が自殺でもしないかと心配してるのだろう。 「このままじゃ、闇に葬られるだろうな。罪悪感があろうが、どうせ時の経過を待って、終わりさ。そうやって、人の歴史はいつも通りに動いていく」 『バカしかいないのか、人間は』
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