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お帰りなさいと母が言えば社はそれに答える様に口を開いた。
「ただいま」
そう告げて、弁当をキッチンに置く。
弁当箱を流しに置くと、包みを濡れない場所に置いて、フィルムが残っているのでその残骸を捨てると水を張った。
「弁当、誰が作ったの?」
母がそんな社の手元を覗いて聞くから、洗おうと思って捲った袖を下ろした。
「この弁当は自分で作って行ってる」
溜息を付きながら答える社に気付きもせず母は社の胸ぐらを引き寄せた。
「嘘おっしゃい、どこの女がアンタを誑かしているの?」
ゆさゆさと揺さぶる細腕を社が柔らかく掴んだ。
何となくぎこちない笑いを作っていたが、本人には全くわからないだろう。
「母さん、本当だから落ち着いて?冷蔵庫にほうれん草のおひたしが入ってる…弁当に入れるのに茹ですぎたから」
そう伝えて冷蔵庫を指で示せば母は冷蔵庫を開けてホッと胸を下ろしたように息をついた。
「そう、自分で作ってるのね、偉いわ一」
そう言って社の胸に抱き付く母をゆっくりと撫でる。
「母さんはクスリの時間?」
「そう、嫌なんだけどね…飲まないと気が狂っちゃうから」
そう言うと、棚に入った薬の袋から自分の飲む量を取り、薬を飲んでその場から去って行った。
「あの人、もうダメだろ…なぁ?はじめ」
そう言って入れ替わりに入って来たのは兄である壱慶。
社はその姿を見るなり眉間に深い皺を刻んだ。
「兄様ただいま帰りました」
家族であるはずの兄に対しては随分と仰々しい挨拶ではあるが、それをさも当たり前のような態度で一の言葉を受け取った。
「おかえり、今日は休みなのか?」
学校ではなく、部活の事を言ってるのはすぐにわかったのだろう。
一は頷いて、止めていた弁当箱を洗い始めた。
「なら、後でおいで」
そう、耳元で告げられて泡だらけの手のまま身体を兄から離した。
「今日、は、出かけますので!」
「はじめ、今夜...おいで?」
その言葉に一は身体を強ばらせた。
「出かけますので...ごめんなさい」
そう答えると、逃げ出すように手の泡も流さずに一は自室へと戻り、呼吸を荒くし自分の喉元に手を置いた。
「冗談じゃねぇよ...」
そう呟いてズルズルと、背中をドアに預けたまま尻を床に落とし頭を抱える。
一と家族の確執は見て取れる程にあった。
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