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────バキッ
その音に、銀はニヤリと笑った。
顔には数箇所殴られたような傷もあり、顎の下に垂れてくる汗でも拭う様に腕を滑らせる。
「くそっ、杠1人だろ!」
そんな銀の周りにはブレザーの集団5名程に囲まれていた。繁華街の裏手に位置する場所であり、人もあまり来ない。周りには家が立ち並び、酒の匂いが充満していた。
「なぁ、俺一人に何手こずってんの?」
ボス格の男を鋭い眼光で睨めつける。その視線に足を一歩下げ、いかにも不快そうな顔を見せて舌打ちをすると、周りに大声で指示を出した。
「全員でかかれよ!」
その言葉に、4人程が一斉に銀に殴り掛かる。1人を上手く避けて2人目の拳を視線で捉えていたのだろうが、急に背後から掴まれて動きが取れなくなった所に、先程の拳が向かって来た。
足でドン!と背後の男の足先を踏みつけて力が緩んだ隙に身体をするりと動かせば、背後の男と殴りかかった男が団子になって倒れ込んだ。
ホッとした瞬間に、顔に衝撃を受け銀はその場所に崩れ落ちたのだ。
男達もそれぞれに、痛手を負ったようだ。それ以上銀は攻撃を受けずに済んだがどうやら身体が動かないようで、酒臭い路地裏で寝転んだまま仰向けになった。
満点の空は綺麗に輝き、銀は自分の存在の小ささに笑えば切れた口角に痛みが走った。
「あー痛てぇなあ」
数分横たわっていたが、ゆっくりと体を起こし、学校の寮へと帰る道を歩く。学校から街へ降りるまでに30分。さらに電車で移動して街中まで出るのだが、毎回なんの目的もなくただ街に出ては喧嘩を繰り返す。
学校で何度も注意は受けるものの、それをやめる気にはならなかったし鬱憤は晴れるどころか増大し、自分は何を求めているのか。
その悶々としたモノががどんどん鬱積し、発散させるために喧嘩をしてしまう日々を送る事になったのはいつ頃からか。
両親はと言えば、父は産まれる前に死去したと聞かされ、母親は新しく出来た彼との生活に夢中になり銀は寂しく過ごしていた。甘えたりする事は許されずに、幼い頃から突き放される日々、結果祖母に預けられたのだ。 そんな幸の薄い中で自分の存在意義を探すようになるのは当たり前なのかもしれない。
祖母には優しく出来るが、母にはどうしても線を引いてしまう。妹も父親違いでいるが出来るだけ避けて通るようにしていた。
そんな銀が求めた愛情は、未だ満たされてはいなかった。
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