桔梗(ききょう)

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叩かれたアタマを擦りながら、口を尖らせて銀が「んな、叩かなくてもいいべや」と文句を漏らせば、社が頭をわしゃわしゃと撫で始めた。 「ちょ、やめっ!はじめっ」 「ははっ、頭爆発してんぞ!」 「お前がっ!したんだろ!」 2人でわちゃわちゃとじゃれ合ってると、社がふと腕に付いていた時計を見た。 「やべ、5時だから帰るな?昨日は助かったよ」 そう言って、肩をぽんと叩き床に置いていたバックを手に取った。その姿を見てから、時間には大した頓着のない銀が部屋に備え付けの時計を見て声を上げる。 「...てかまだ5時かよ!」 「たまには早起きしろ、ばーか」 そう言い置いて部屋を出た。 パタンと、部屋の扉が閉まる音を聞いてから、目を閉じてまた布団へと倒れ込んだ。 この日、銀が遅刻した事は後になって社に散々からかわれる事となった。 ──────── 強めの風がひょぉひょぉと吹く中、銀は社と一緒に道場へと来ていた。 ほんのり香る汗の匂いや、建物独特の木の香りを感じるこの場所は社の聖域。 それを痛いほど痛感しているのは、喧嘩の時によく怒られていたからなのだが、それを知らない部員は何かされるのではと怯えた顔を見せる人もいた。 周りをよく見る人間であれば居心地は良くないのだろうが、銀はそんな様子も見せず黙って社の姿を追いかけていた。 何を思ったのか、あの日社が泊まりに来て以来銀は街には行かずに社を追いかけ回す日々となっていたのだ。 「お前犬みたいだって言われてたぞ?」 「あぁ、別に犬でもなんでもいい」 弓の手入れをしている横で座ってその姿を眺める銀に社が言えば、あっさりとなんでもいいと返す辺り、本人からしてみれば何も問題は無いのだろう。 だが、その回答に眉間にシワを刻んだのは社だった。 「邪魔なんだが?」 フンと、鼻で笑う様に威圧的に伝えても銀は笑うのだ。 「はい、それ嘘!俺がそばにいると、はじめは笑うと有名だぞ?」 にやにやしながら胡座をかいた両足をパタパタさせてる辺りは、やはり犬のようだと言われても仕方ないなと、社は思った。 「お互い噂話かよ」 ククッと笑えば部員がザワつく。それを感じると、すぐに社は表情を戻してしまうのだ。 いつも学校では、笑ってはいるが心の底からの笑顔は、ほとんど誰も見たことがないため銀との会話はかなりレア扱いとなっているのを社は知らない。 「能面ヤロー」 「お前に言われたくねぇ」
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