第1章 葉月隆信

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 35年間生きてきて、生まれて初めて、欲しいと願った。  昔から物欲も趣味もなく、ただヤンチャして喧嘩をしていた日が多かった気がする。だからといって、馬鹿にされるのは癪だったから勉強もした。  大手企業に入り、営業マネージャにまで登りつめた俺は、仕事が趣味になり、仲のいい連中と金儲けの話をするのが何よりも楽しかった。  金に染めていた髪は黒くし、開けていたピアスの穴はとっくに塞がった。背丈も別にあるわけでもなければ、見た目に特徴があるような人間でもない俺。だが特に不便したことも、何かを願ったこともなかった。  だからこれ程迄に欲しいと焦れたのは生まれて初めてかもしれない。  欲しい物はもう簡単に手に入る。物も勿論だが、嫌な話、綺麗な女だって金さえ見せれば寄って来る。  だが彼女は違う。  確かに金に媚びているが、俺には決して媚びない。  俺に対してだけではなくて、誰かに媚びるという事をしない。  染めたこともないであろう真っ黒な髪。アイラインとマスカラしかされていないが、目もとはわりとパッチリしている。どこにでもいる普通の彼女。 「三浦さん、次のお客さんなんだけど」 「ああ、見積書出来てます。ついでに注文書も印刷してあります、カタログも準備していますよ」  中途入社の彼女は前職で培ったと言っていた事務作業を淡々とこなしていた。仕事がかなり出来るわけではないが、こういった細かい所に気が回る。  入社当時は全く気にも留めなかった彼女。  だが――3カ月前の慰安旅行で、俺はとある過ちを犯してしまった。  俺葉月隆信と、彼女三浦杏子の関係はそこから始まった。
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