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ひとつ、またひとつとステージが終わるごとに、どことなく寂しさが募る。
だけど、好きなものが増えていく楽しさがそれに勝り、紗季は呆けた頭のまま長い溜息を吐いた。
音が消え去ったその背後で人が入れ替えのためにぞろぞろと蠢くのを感じて清貴を向くと、彼は一度吹き出した後、穏やかな表情で紗季を見つめ返した。
「……なによう」
「いや、顔が」
「顔?」
「目ぇきらっきらなまんま。子どもみたい」
言ってまたくつくつと笑い、紗季は再び「なによ」と頬をむくれさせる。
それも子どもみたいだ、とは口に出さず、彼は彼女の頭にぽん、と一度掌を置いて離れ、触れられた場所に紗季は手をやって首を傾げた。
「素直でよろしい、って思ってるだけだよ」
そんな顔をしていただろうかと考えを巡らすも、鏡が見れる訳でもなく、清貴が歩き出してその背を慌てて追う。
だけど子どもみたいに、高いテンションのままでもない。ふと疲労感と喉の渇きと、軽い空腹感を覚えて「キヨ」と呼び掛ける。
「素直ついでに、疲れてきたからちょっと休憩したい。この後時間空くよね」
「あー、じゃあアースの方行くついでに飲み喰いするか。今日一番の目的前だしな」
「そうそう、そうだよ。ラーメン食べたいなぁ」
「いいね。行こう」
興味の矛先がステージから食べ物に向いた紗季を見ながら、清貴は夏に明美と行ったフェスのことを思い出した。
こういうのに参加すれば数時間立ちっぱなし、なんてこともざらで、楽しいとつい自分以外がおざなりになるのは、自身のよくない癖であると認識はしている。
あの時は理解されない苛立ちもあって、余計にそれが悪い方へ向かってしまった。
それでも紗季のように言ってくれれば当然優先するのだ。現に今も、次のステージ付近でビールを引っ掛ける程度のことしか考えていなかった。
もしも彼女が、彼女だったら?
「ねえ、私あれ並ぶけど」
考えなくはなかった。触れても、触れられても、平然を装いはするが会場を満たすこの空気のせいかどこかざわついて、これまで通り振る舞えているか疑問でもある。
「なんだよ、真似すんなよ」
「しーてーなーいー。キヨこそ真似しないでよ」
「はいはい。ほれ、並ぶぞ」
意識するな、と言い聞かせた。
紗季に、バレないように。
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