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薄暗く、雰囲気を引き立てる曲が流れる店内。
一人の時間を楽しむ人や、男女で愛を語り合う人々がいるなか、カウンターのすみでは、まったく違う空気をまとう女が一人いた。
店内に流れるジャズの生演奏に耳を傾けることも、楽しんでいる様子もなく、ハイペースでグラスをあけていく。
「そろそろ、やめておいたほうが……」
そんなバーテンダーの言葉に、すでに酔っている彼女――――黒栖エマは、グラスを押しやり首を横に振った。
「同じのを……お願いします」
バーテンダーは小さくため息を吐くと、グラスに新しく酒を注いだ。
普段のエマは、酒を飲まない。
別に弱い訳ではないが、次の日に酷い頭痛と、人には理解できない面で酷いことになるから抑えている。
それでも、今夜だけは飲まずにはいられなかった。
何杯目かも分からなくなったグラスをあおり、ちらりと視線を向けると、仲の良さそうな男女が熱い抱擁とキスを交わしていた。
ズキッ、と胸が痛み、苦いものがこみ上げてくる。
思わず、酒に溺れる原因になった場面を思い出した。
数時間前――――。
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