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エマは昔から決められていた婚約者の家へと向かった。彼の家に行くのは、今回の訪問を入れても二十五年間でたったの三回目。
二人の間に恋や愛なんて甘い感情はなく、ただ家同士が勝手に決めただけのもの。
二十歳を越えた頃、お互いを知ることも必要だろうと考えた親族が、合鍵を持つように決めた。
自由に行き来をして、仲を深めればいいと考えたのだろう。
だけど、親族の期待もむなしく理由もなく行き来をすることはなく、心が近づくことはなかった。
今回だって、エマは行きたくて行った訳じゃない。
結婚の準備に入れと言われ、仕方がなく行ったのだ。無理矢理持たされた結婚式場のパンフレットを手に――――。
一応、チャイムだって鳴らした。居ないなら居ないで、パンフレットとメモを置いて帰るつもりだった。
使う気もなかった合鍵を使って入り、綺麗に掃除されている廊下を進んでリビングの扉を開けると、いつもは太陽の光で満たされている部屋は軽くカーテンが引かれていて薄暗かった。
でも、部屋の中が見えないほどではない。
中を見回して詮索するつもりは無かったけれど、嫌でも目についてしまった。
床に脱ぎ散らかされた洋服と下着が。
気分が一気に悪くなり、ノロノロと顔を上げたところで、奥のソファで動く影が目に飛び込んできた。
ソファが動きに合わせて軋み、女の甘い啼き声と、男の苦悶と恍惚の声が響く。
最悪なことに、一番のクライマックスに出くわしたのだ。
その後のことは、覚えていない。
気がつけば、このバーに座って少し強めの酒を飲んでいた。
これから、どうなるのかが不安だった。
誰にも理解されず、ちょっとした気の迷いだからと、無罪放免の男と結婚させられるのか――――。
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