第1章 二つの心

3/10
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 エマは昔から決められていた婚約者の家へと向かった。彼の家に行くのは、今回の訪問を入れても二十五年間でたったの三回目。  二人の間に恋や愛なんて甘い感情はなく、ただ家同士が勝手に決めただけのもの。  二十歳を越えた頃、お互いを知ることも必要だろうと考えた親族が、合鍵を持つように決めた。  自由に行き来をして、仲を深めればいいと考えたのだろう。  だけど、親族の期待もむなしく理由もなく行き来をすることはなく、心が近づくことはなかった。  今回だって、エマは行きたくて行った訳じゃない。  結婚の準備に入れと言われ、仕方がなく行ったのだ。無理矢理持たされた結婚式場のパンフレットを手に――――。  一応、チャイムだって鳴らした。居ないなら居ないで、パンフレットとメモを置いて帰るつもりだった。  使う気もなかった合鍵を使って入り、綺麗に掃除されている廊下を進んでリビングの扉を開けると、いつもは太陽の光で満たされている部屋は軽くカーテンが引かれていて薄暗かった。  でも、部屋の中が見えないほどではない。  中を見回して詮索するつもりは無かったけれど、嫌でも目についてしまった。  床に脱ぎ散らかされた洋服と下着が。  気分が一気に悪くなり、ノロノロと顔を上げたところで、奥のソファで動く影が目に飛び込んできた。  ソファが動きに合わせて軋み、女の甘い啼き声と、男の苦悶と恍惚の声が響く。  最悪なことに、一番のクライマックスに出くわしたのだ。  その後のことは、覚えていない。  気がつけば、このバーに座って少し強めの酒を飲んでいた。  これから、どうなるのかが不安だった。  誰にも理解されず、ちょっとした気の迷いだからと、無罪放免の男と結婚させられるのか――――。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!