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エマに、浮気を許せる心はない。
自分自身が清らかなままでいるのだから、相手にも同じだけの誠実さを求めていた。
出会ったのが、大人になってからなら目をつぶることができるが、二人の婚約は幼い頃から決まっていたことだ。
許せる訳がない。
今の時代に古い、堅苦しいと言われるかもしれないけれど、エマの考えは変わらない。
エマは、ぼんやりと考え込んでいて、グラスの中で動いた氷のカランッという音で、はっとした。
「お客様。そろそろ閉店のお時間なのですが……」
バーテンダーは、申し訳なさそうに言った。
いつの間にかそんなに時間が経っていたのか、音楽は流れておらず、エマ以外の客はいない。
店内に響くのは食器を洗う音と、テーブル席の椅子を上にあげて、清掃の準備をする音だけだ。
「あ……ごめんなさい。か、会計を」
慌てて顔を上げると、一気に酔いが回ったのか、くらりと目眩がした。
でも、これ以上の迷惑をかけたくなくて、エマはハイチェアから下りた。
あまり踵の高くない靴をはいているのに、床に足がついたとたんに地面が揺れる。明らかに、泥酔に近い状態だ。
「大丈夫ですか?」
洗い物をしている手を止めて、カウンターの外に出てこようとしたバーテンダーに、エマは大丈夫だと告げて会計を頼んだ。
フワフワとした足取りと気分でよろめきながらも立て直し、どうにか財布を取り出して会計を済ませると、北風の吹く外へと出た。
バーが閉まるほどの時間のせいか、外に人の姿はあまりない。
タクシーを拾おうにも、エマと同じ状態の人々が乗っていったのか、タクシーが一台もいなかった。
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