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「もおー、普段はいっぱいいるくせに……」
エマはちらりと振り返って、数秒前まで居たバーを見た。
さっきの優しそうやバーテンダーに聞けばタクシーを呼んでくれるだろうが、これ以上の迷惑をかけたくなくて、エマは駅前まで歩くことにした。
あそこなら、タクシー乗り場とタクシープールがあるし、一台くらいすぐつかまるはずだ。
エマは、街灯の少ない裏道を歩きはじめた。
冷たい風は、酒で火照った頬に心地よく、どこか夢心地な気分になる。
今日、傷ついた心も嫌な記憶も、ほんとうは無かったのかもしれない。
人からみれば、ただの現実逃避かもしれないけれど、明日までは許してほしいと思った。
明日の朝、自分の部屋のベットで目を覚ました瞬間、全てを受け入れるから。
エマは、涙をこぼしながらそう願い、角を曲がったところで――――。
何かとぶつかった。
それは、大きくて固いもの。
あまりの衝撃に、後ろへと倒れそうになったが、すぐに手首を掴まれて引っ張られた。
ぶつかった何かは、エマが怪我をしないようにそうした行動に出たのだろうけど、激しい頭の揺れに一気に酔いが回って、エマの頭の中は真っ白になった。
ぼんやりとしたまま、その手に支えられていると、低い声が耳を撫でた。
「大丈夫か? 怪我でも?」
その声に導かれるように顔を上げると、心配そうな青い瞳と目が合った。
「キレー……マロウみたい」
思わず、エマの口からそんな言葉がもれた。
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