第1章 二つの心

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「もおー、普段はいっぱいいるくせに……」  エマはちらりと振り返って、数秒前まで居たバーを見た。  さっきの優しそうやバーテンダーに聞けばタクシーを呼んでくれるだろうが、これ以上の迷惑をかけたくなくて、エマは駅前まで歩くことにした。  あそこなら、タクシー乗り場とタクシープールがあるし、一台くらいすぐつかまるはずだ。  エマは、街灯の少ない裏道を歩きはじめた。  冷たい風は、酒で火照った頬に心地よく、どこか夢心地な気分になる。  今日、傷ついた心も嫌な記憶も、ほんとうは無かったのかもしれない。  人からみれば、ただの現実逃避かもしれないけれど、明日までは許してほしいと思った。  明日の朝、自分の部屋のベットで目を覚ました瞬間、全てを受け入れるから。  エマは、涙をこぼしながらそう願い、角を曲がったところで――――。  何かとぶつかった。  それは、大きくて固いもの。  あまりの衝撃に、後ろへと倒れそうになったが、すぐに手首を掴まれて引っ張られた。  ぶつかった何かは、エマが怪我をしないようにそうした行動に出たのだろうけど、激しい頭の揺れに一気に酔いが回って、エマの頭の中は真っ白になった。  ぼんやりとしたまま、その手に支えられていると、低い声が耳を撫でた。 「大丈夫か? 怪我でも?」  その声に導かれるように顔を上げると、心配そうな青い瞳と目が合った。 「キレー……マロウみたい」  思わず、エマの口からそんな言葉がもれた。
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