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「嘘つき……」
小さな呟きが聞こえた時には、さすがの冬呀も驚いた。
(起きたのか?)
そう思ったが、小さな寝息は聞こえている。
その事に、ほっとしたのもつかの間、白い頬を涙が伝う。
眠りながら涙を流す女性を見たのは、初めてのことだった。
胸の奥がギュッと掴まれるような、不思議な感覚に襲われる。
こんな感覚を冬呀は知っていながらも、今まで感じた事はない。
だか、そんな感覚に向き合う気はまだなかった。
信号が青に変わり、車を走らせはじめると同時に、本来の他者に対する冷たい感情で心を埋めつくす。
(今は、余計な感情に時間を取られている場合じゃない)
目的地に着く頃にはいつもの自分を取り戻し、エンジンを切ると周囲を観察しながら助手席に回り込んでエマを抱き上げる。
家は住宅街から離れた場所にあり、草花の香りで満たされていた。好ましいことに、家の裏は森になっている。
冬呀は、じっくりと目と耳と鼻、そして感覚で把握した。
休日にはパンを焼く匂いがしてきそうな家はレンガ造りで、周りには数十種類のハーブが植えられている。夜行性の小動物が動き回る音がする森。
思わず微笑んだ。
(いい環境だ)
家のポーチに上がり、玄関の横にあるベンチに座らせると、冬呀はチャイムを鳴らした。家の中に明かりが見えるから問題ないだろうと判断して、音もなくその場を離れた。
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