幽霊

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「あたしと一緒に入部したのよ。当時は演劇が人気でね、部活も希望者が多くて。でもね、絹子さんったら面接試験のとき女優じゃなくて大道具係でいいですって言うのよ。親類に大工がいるから金づちを使うのも上手いですって、そこだけは自慢そうに言うのがおかしかったわね」  そういって、またひとしきり笑う。 「信じられる、理子さん。最初はね、なんと主演女優はあたしだったのよ。オーディションを勝ち抜いたの。ものすごい競争だったんだから」 「すごいじゃないですか」相槌を打ってから気づいた。「あれ、でも、絹子さんが主演女優って」 「そうよ。あたし、足を骨折しちゃってね、代役が絹子さんになったの。先生が指名したのよ。もともとちゃんと代役の女優も決めてたのに、出来が今一つだったみたいで、急に『そこの金づち、やってみろ』って絹子さんを手招きして。そうしてスター誕生よ。あら、ごめんなさいね脱線しちゃって。どこまで話したかしら」  玄関を開けてくれたところまでです、と鏡花が言った。 「そうそう、それで本を見せたの。でもね、それほど喜んでくれないのよね。これはきっとまだ寝ぼけているんだなと思ったんだけど、どうしてだか中に入れてくれないの。足元を見ると玄関の三和土が泥で汚れててね。いつもそんなことないのよ。それで、散らかってるから嫌なのかなあと思って」 「帰ったんですか」 「ううん、お茶が飲みたいからって上がり込んだわ。だって、部屋が散らかってるなら、それは絶対に見ておきたかったから」  居間はそれほど散らかっているとは思えなかった。ポットの湯が残り少なかったので、いつものように勝手に台所に行った。濡れたコーヒーカップがふたつ、プラスチックの水切り籠に伏せてあった。ケトルに水を入れ、ガスコンロにかけた。
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